死体解剖及び骨格標本問題についての緊急アピール

ハンセン病市民学会

 ハンセン病市民学会第9回総会・交流集会が5月11日から熊本で開催されるに先立ち、5月9日付け熊本日日新聞紙上において、戦前熊本医科大学(現、熊本大学医学部)において九州療養所(現、菊池恵楓園)の入所者に対して遺体解剖をし、そのあと骨格標本を作成し保存していたことが報道された。
同紙が資料とした骨格標本を作製した教授本人の記述によれば、50〜60体の遺体を集め、解剖したそのあと大部分で骨格標本を作製していたとのことである。また、熊大学内資料からも1927年からの2年間に43体の解剖がなされ、そのうち20体で骨格標本を作成した記録が見つかり、作成した教授の記述が証明される結果ともなった。
 この記事の内容は入所者さえも知らされることのなかった事実であり、その反響は1日のうちに報道によって拡がった。さらに、入所者は骨格標本を作成した事実を知らされないまま、遺骨がないまったくカラか中に紙が入っているだけの骨壺を遺骨が入っているものと信じ、今もそうした骨壺が納骨堂に安置されている。
 こうした一連の報道を受け、本日の総会の名の下に、私たちは以下のことを関係者に求めたい。

1.標本作製の経緯についての真摯な検証
〔1〕 戦前の医学知識のレベルで、あるいは高度に発展した今日の医学知識の下でハンセン病(広くは感染症)の発生の根拠を調査研究するために、骨格標本による研究はどのような意味があったのか、あるいはあるのか。
〔2〕 強制隔離政策の下で、入所の際に求めた同意書を根拠として死者の解剖を自由に行える権限をもっていたハンセン病療養所と大学はその当時、どのような関係があったのか、このような遺体を療養所が勝手に融通するような関係が九州療養所と熊本医大だけでなく、他には存在していなかったかどうか。
〔3〕 菊池恵楓園では全国でももっとも多くの胎児標本を作製したと言われてきたが、胎児標本が問題となった時期にも園当局は証拠となるカルテが存在しないと回答をするのみで、園がその損剤を公に認めたことはなかった。
 しかし、今回は熊大医学部にハンセン病患者解剖者名簿が現存しており、胎児標本のような言い訳は通用しない。かつ、骨格標本を作製した教授が、熊大の資料では検証できないさらに数多くの骨格標本を作成したと明示していることから、全容を解明する責任がとりわけ菊池恵楓園には求められる。

2.医学倫理確立を再確認すること
〔1〕 事実関係の検証なくして、骨格標本を作製したことの問題点は真に明らかにできず、私たちもそうした検証を待たずに勝手な憶測をすることは控えたい。
しかし、本件死体解剖と骨格標本の作製の経緯にどのような医学倫理に触れる問題があるのかを明らかにすることは、単に過去にあったことの検証だけに留まらず、今日の療養所における医師である管理者と入所者の関係をもしっかり検証するものとすべきである。
〔2〕 死者に対する尊厳が必要である。その意味では、検証に当たっては骨格標本を作られた当事者はどのように処理されたのか、そして遺体が療養所に戻っていないにも拘わらず、あたかも遺骨があるかのように葬儀と納骨堂への安置を入所者に行わせてきたという事実は死者に対する冒涜であると言わざるを得ない。

 私たちは、熊本大学医学部及び菊池恵楓園に対し、上記の検証とそれに基づき医療倫理の在り方についての新たなガイドラインの作成を求めるとともに、厚労省に対してもこの問題が氷山の一角であるのか否かについて、早急にすべてのハンセン病療養所について確認を求めたい。
 最後に、そうしたことが明らかになった段階で霊祭が行われることを願うものである。

2013年5月11日