ハンセン病市民学会第1回交流集会
◇韓国・台湾・日本のハンセン病問題を共有しよう
菊池恵楓園退所者・「ひまわりの会」
2002年4月退所者給与金制度ができたのちに、新規に療養所を退所した人(「新規退所者」)の数は300人以上になった。それに対し、それ以前の社会復帰支援がまだ不十分な時期にハンセン病療養所を退所した人たち(いわゆる「既退所者」)は、1,100人以上いると言われている。
その一方で退所者給与金を申請しない人、またこの制度そのものを未だに知らずに地域社会でひっそりと生活している人もいると考えられるので、正確な退所者の実数は把握できないのが現状である。その背景には自分の家族にさえも自分が退所者であることを隠しているために申請をためらうということもある。これも退所者の置かれている悲しい現実である。
国賠訴訟判決以後、全国各地の退所者が国との様々な交渉の必要性もあり、相互に連絡が取れるように「全国退所者連絡会」を結成したが(裁判以前に地域で既退所者の集まりがあるところもあった。)、参加しない退所者も多くその連絡先は解らない。このように、退所後はお互いの連絡先を知らせないケースも多いのである。
だが、勝訴判決によって真の人間回復が行われたことは遅きに失したとはいえ、諦めていた社会復帰が可能となり、多くの方々が社会復帰されたことは喜ばしい限りである。
なかでも、医療、介護の問題は、現在も厚生労働省と協議中であるが、再三の協議でも一向に解決していない問題である。むしろ、問題の解決どころか、厚生労働省は、給与金の見直しを持ち出すなど退所者に将来の社会生活への不安を与えているのが現状である。
以下では、3点に絞って今後の課題について触れてみたい。
(1)社会復帰支援制度と社会生活支援制度の現状
@)上記の退所者給与金制度は、厚生労働省の委託で、社会福祉法人ふれあい福祉協会(東京都港区)が申請を受け付け、社会復帰支援事業、社会生活支援事業、相談事業等を実施している。
A)その他、各自治体の社会生活支援制度には、現在、医療費の自己負担分の助成と介護保険料の助成、家賃の助成の他、相談窓口の設置の4制度がある。しかし、この4制度の採用状況は都道府県によってまちまちでありその差が大きいだけでなく、総じて遅れている。
2004年5月10日付朝日新聞朝刊に掲載された「全国都道府県のハンセン病元患者の支援策調査」によると、「医療費の自己負担分と介護保険利用料の全額補助、家賃の助成、相談窓口の設置」の4制度がすべて導入されているのは岡山県、山口県、愛媛県の3県、家賃助成以外の「医療費の自己負担分と介護保険利用料の助成、相談窓口設置」の3制度が導入されているのが香川県1県に過ぎない。それに対し、「相談窓口の設置」しか導入していない24都府県(ただし、熊本県、鹿児島県、沖縄県の3県は、家賃助成の替わりに県営住宅への優先入居を実施)、相談窓口の設置もしていない19道県を合わせると過半数を超え、現状では退所者に対する行政サポートは充実していない(ただし、大阪府は、家賃助成制度は導入していないが、2002年度から府営住宅への優先入居を実施している。)。
B)朝日新聞のこの記事以降に各自治体の支援策が進んだ可能性はあるが、その後の詳しい状況は残念ながら入手できていない。ただ、「相談窓口の設置」については、
2004年12月現在で、47都道府県すべてに設置された様である(「一覧表」参照)。その中でも注目されるのが、大阪府の相談窓口は行政窓口の他に社会福祉法人大阪府総合福祉協会があり、2005年1月から後者の大阪府福祉人権推進センターの中に「ハンセン病回復者支援センター」が発足し、ハンセン病退所者の相談窓口を設置して相談を受け付ける制度を発足させたことである。ここでは退所者自らが非常勤の相談員になっており、相談の他にも回復者支援事業、ネットワークづくり事業、啓発・広報事業、調査・研究事業等、様々な取り組みがされていて、その評判も上々のようである。
地域社会で生活をする退所者の中には、地域で自分の過去を隠して暮らすために心の悩み、生活上の苦労を抱えている人も少なくない。また、退所者の家族、遺族にとっても、それは共通する問題である。退所者に限らずハンセン病回復者を取り巻く多くの人にとっても、心の内を相談できる場は不可欠であり、今後各地で、同様な取り組みをする機関の発足が拡がることを心から願ってやまない。
(2)退所者の医療問題
〜専門医の不在および療養所への再入所をともなう入院制度と退所者給与金支給減額〜さらに、退所者が病気に罹った際に、退所者はどのような問題を抱えているかを見てみよう。病気の治療は、退所者にとっては差し迫った問題である。
@)「らい予防法」による隔離政策によって、ハンセン病療養所だけで治療が行われてきたことから、現在でも地域にハンセン病に対する専門医がいない。また、ハンセン病の後遺症のある人には、いまだに地域の病院で診療や入院を拒否されないかという心配を抱えている人が多い。
A)私どもの全国退所者連絡会では、病気治療のためのハンセン病療養所での診療や入院を望んでいるが、特にいったん療養所を退所した退所者が療養所で入院すると、現行制度では、療養所に「再入所」という扱いがされることになるため厳しい現状にある。
現行制度では、
イ.新規退所者は、3ヶ月未満であれば、1回目の入院は健康保険で入院できる。しかし、3ヶ月以上入院した場合は、「再入所」とみなされるだけでなく、3ヶ月未満でも2回目以降の入院からは「再入所」とみなされる。再入所とみなされると、社会復帰しても既退所者扱いとされ、給与金が減額されるという不利益がともなうのである。
ロ.既退所者は、療養所での1回目の入院の時点で、「再入所」とみなされる。
上記のように、この制度では、再入所にともなって退所者給与金が減額されたり停止される場合があり、安心して社会生活ができない。入院治療のみを目的とする入所(入院)者の受け入れ体制を整備することなど、早急にこの制度を改善して頂いて残り少ない人生を人間回復者として生きていきたい、これは私ども退所者全員の願いである。
(3)安心して社会復帰できる社会に
以上の2点を見ただけでも、ハンセン病回復者が地域社会で安心して生活を営むことができるための制度は充実しているとは言えない。それに加えて、熊本地裁判決が確定して、ハンセン病問題は司法の場では解決したが、社会的解決は始まったばかりである。2003年11月に熊本県でおきたアイレディース宮殿ホテルでの菊池恵楓園入所者に対する宿泊拒否事件は、ハンセン病に対する無知、無理解が根強く残っている証左であり、さらに入所者自治会におびただしい数の差別の手紙や差別の電話が寄せられたことは記憶に新しい。私は、あの差別文集を読んで、めまいがした。菊池恵楓園を退所して1年半が過ぎた頃だったが、マスコミ数社から、退所者としてどういう心境かと取材を受けた。さすがに、テレビへの出演だけは断った。遺族の方達からの電話では、「裁判に勝って、やっと皆さんの前で自分の過去やハンセン病だった親の話ができるようになったのに・・・・。」と残念がっていた。
ハンセン病に対する偏見、差別はあってはならないが、現実はまだ怖い。社会復帰問題を解決しないかぎり、ハンセン病問題は解決したとは言えない。退所者が将来の生活や病気の不安を抱え、さらに社会の偏見に脅えて暮らさなければならないのであれば、それは真の意味での社会復帰と言えるであろうか。退所者が安心して地域社会で暮らせるようになって、初めて、ハンセン病問題は解決したと言えると思える。
最後に、私達退所者、またその家族、遺族の方々の中にも少しずつではあるが、当事者自らが勇気をもって自らの体験を多くの市民の前で、ハンセン病問題の語り部として活動する人もでてきている。どうか、一人でも多くの方々、この語り部の声に耳を傾けて頂きたい。
また、その一方ではまだまだ多くの当事者達が、自分の過去について口を閉ざして生活せざるを得ない現状を抱えている。この現状はそう簡単には変えられない。しかし、本日ここにお集まり頂いた皆さん一人一人の胸の中で、それを阻むものは何なのか、それを乗り越えるためにはどうすれば良いのか、もう一度深く考えて頂きたい。
地域社会の中で声を挙げていくことの大変さ、語ることができないでいることの大変さを、お互いの立場を思いやりながらハンセン病問題の理解を深めて、まだこの問題を知らないでいる市民に正しい知識を普及して下さるように、この機会に改めてお願いしたい。

