教育部会
教育部会第2回交流学習会の記録(1) 〜参加者からの感想〜
2006年12月23日〜25日にかけて、東京都東村山市にある「国立療養所多磨全生園」において、第2回目となる教育部会の交流学習会を開催しました。参加者はのべ23名。入所者の方から貴重なお話をいただき、さまざまな質疑と交流がなされました。また、前回の長島愛生園のときと同じように、今回も東村山地域から多くの地元の先生方が参加してくださったことが大きな成果だったと思います。ここに掲載する「記録(1)」では、当日のタイムテーブルと参加者からいただいた感想文を掲載します。次に「記録(2)」では、鈴木さん、天野さん、森元さんからいただいたお話の記録を掲載します。
★タイムテーブル
□12月23日(土)
・鈴木禎一さん(元松丘保養園学園教師・元全患協事務局長・元東村山市社会教育委員)のお話
・小栗和弘さん(東村山市立青葉小学校教諭)のお話
・須々田朋美さん(青葉小学校卒業生)のお話
□12月24日(日)
・溝部京子さん(別府市立上人小学校教諭)のお話
・稲尾聡文さん(別府市立大平山小学校教諭)のお話
・天野秋一さん(元全生学園教師、多磨全生園自治会役員)のお話
・佐久間建さん(東村山市立野火止小学校教諭)のお話
□12月25日(月)
・森元美代治さん(邑久高等学校新良田教室第一期生・IDEAジャパン理事長)のお話
★参加者からの感想
溝部京子:大分県別府市小学校教諭
わたしは、初めて教育部会に参加しました。今回は冬季休業中の開催だったので参加がしやすくたすかりました。学校があるときは、学級を空けて子どもたちに何か事故でもあったらと心配だったりしてなかなか休みをとれません。以前はもっと学校を出やすい空気があったのですが、今はいろいろな事情から厳しくなっています。そんな中、現役の先生たちがお世話をしてくださって部会を開いてくださったことに感謝しています。今回は多摩全生園での開催でした。初めての多摩でしたからどんなところかわくわくして行きました。それに教育部会の方たちとも初めて会えるのでとても楽しみでした。実際会って話してみるとみなさん自分と同じような気持ちで過ごしているのだとわかり心強く思いました。日常的には職場でハンセン病の話はほとんどしませんから、話せる場があるのはとてもうれしいことです。
自分の中ではこれからの実践をどういう方向にもっていこうかと考えていたのですが、身近な壁にぶつかったり日常の忙しさに流されたりしてしまいます。でもときどきこうして部会で集まると刺激をもらえます。今回参加して、わたしはこれからは回復者の方への質問を絞って聞いていこうと思いました。子どもたちにいかに身近に感じてもらうかということでも隔離前の学校時代、自宅にいたとき、療養所での学校の様子、友だちとの関係なども聞いていきたいと思いました。
多磨でも啓発にがんばっている回復者の方に出会うことができました。高齢で後遺症をかかえながらがんばっている姿は目に焼きつきました。
二度と同じような人権侵害が起きないように、おかしいことをおかしいと言える子どもを育てていきたいと思いました。
課題としては、カリキュラム化してくこと、仲間を増やしていくことなどありますが、次に参加するときは、他の人も誘ったり知り合いの実践も持っていけたらと思います。
感想文 西浦昭英
今回の学習交流会は、初日だけの参加で、会自体の感想についてまとまった文章にするほどのことはありませんので、日頃学校で考えていることを簡単にお伝えします。私の担当は数学ですので、日常の数学の授業では、ハンセン病に関連した授業をすることはありません。唯一、高校3年生の総合学習で「人権を考ええる」という講座を2回開き、合計で30人ほどの生徒が受講してくれました。高校3年生の授業は2学期までですので、実際には約20回しかありません。ハンセン病、在日韓国・朝鮮人、沖縄、被差別部落、同性愛の5つのテーマを扱うので、1テーマは平均4時間です。教員の一方的な講義ではなく、視聴覚教材を用いることや、土曜日の4時間目という時間の設定を利用して、実際の現場に行ったり、当事者の生の声を聞くことが大切だと思っています。
ハンセン病の時は、1回目は栗生楽泉園の桜井さんを描いたNHK「にんげんドキュメント」のビデオ、2回目は多磨全生園の見学、3回目は講義と話し合い、4回目はNHKの「黒川温泉の宿泊拒否」、5回目はゲスト(金正美さん、藪本雅子さん)をお呼びしての講演をお願いしています。
生徒はほとんど初めて聞くこと知ることばかりなので、1回目のビデオ、2回目の見学はショックを覚えるようです。なんでこんな差別が長い間続いてきたんだろうという疑問を誰もが持つようです。
1年間終わってから感想文を書いてもらいます。生徒が受けた印象は当然個人差がありますが、特定のテーマに強い関心を持ったというのではなくて、皆が平均してそれぞれに強い印象を持ったことがうかがわれます。また、フィールドワークでその現場に出かけたり、当事者を招いての話し合いが印象深かったようです。何にも増して、差別を受けている当事者の言葉そのものが、生徒の心を捕らえたのでしょう。
教室の講義では限界があります。いかに実際の人物、現物と出会わせるかということに工夫する必要があると思います。
【はじめの1歩】(参加記)小畑典子
今回、教育部会の学習交流会に参加することができ、本当に貴重な時間を過ごすことができました。交流会に参加されたみなさまに出会えたこと、そして、その出会いの場に声をかけてくださった江連先生に、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました!私が、ハンセン病の問題に出会ったのは、約1年半前。大学4年の夏休みに、大学の先生に誘っていただいて多磨全生園に行った時でした。「誤った政策によって隔離されてきた人たち」という程度の認識しかなかった私は、慌てて近くの本屋さんで見つけた『ハンセン病をどう教えるか』を読んで、一夜漬けの知識だけで多磨全生園へ行きました。全生園のまわりにいくつもバス停があるくらい広い敷地(よく考えてみれば全然広くない、とても「狭い」のですよね)に驚き、園内に教会などがある宗教地区があったり、小学校の跡があったりすることに驚き、お話をしてくださった方が話してくださったことに驚き、言葉でしか理解していなかった「隔離」ということの意味を、視覚というか身体で感じた瞬間でした。また、日本は、なんて「平和」なんだと思いながらのんきに生きてきた私に、日本でも「平和」とはとても呼べない現実があったことを、目の前にたたきつけられた瞬間でもありました。
今回の交流会は、ハンセン病とは何なのかということの勉強を始めたばかりの私にとってははっとさせられることの連続でした。鈴木さんのお話からは、ハンセン病になった患者さんたちは、「人間のもつあらゆる発展可能性を奪われた存在」であり、教育、特に高等教育を受ける権利・機会を奪われたことのもつ深刻さを痛感させられました。また、入所時に療養所生活に絶望した鈴木さんの「一瞬しか感じない喜びは、生きがいと言えるのだろうか。何か持続していけるものが湧き出てきてはじめて生きがいといえるのではないか」という言葉にずしりときました。また、小栗先生の実践報告からは、ただ「かわいそう」という表面的な理解を超えるためには、教師の主体性が欠かせないことを教えられました。それと同時に、教師の「想い」だけを押し付けるのではなく、発達段階に即した学習体系をつくり、6年間を通して感覚だけではなく理性で理解させるようにとの取り組みがなされているのを知って、とにかくすごい!と思いました。その中で、全生園の方たちとの交流を通して、自然に自分たちとは「違う」ことを受け入れ、自分たちと同じ人間であるということに気づいていくところに魅力を感じました。さらに、佐々木さんの「過去を知ることにばかり目が向き、今、現在進行形である問題に関心を持って知っている人、知ろうとしている人が少ない」という話にはっとさせられました。まだまだ知らないことがたくさんあり、過去のこととも十分に向き合えていると言えない私は、どうしても過去のことに関心が向いてしまいます。しかし、「らい予防法」が廃止され、勝訴判決が出されたからといって、ハンセン病問題が解決したわけではないこと、今でも様々な問題が残っていることを念頭に置きながら考えていかなくてはならないことを教えられました。このほかにも、書きつくせないくらい多くの刺激を受け、揺さぶられた3日間でした。そして、何よりも「出会い」は、本当に一期一会なのだということを痛感しました。自分の研究テーマとして、ハンセン病のことを考えたいと決めるまで、自分が知りたいからというだけでテーマにしていいいのか、ものすごく悩みました。それでも知りたいと、ハンセン病を通して考えて行くと決めたにも関わらず、私は「出会い」を活かせていない、それどころか無駄にしてきたということに気づかされました。結局、行動に移す前に様々な「自己規制」をしてしまい、せっかくの出会いを1度限りにしてしまっている私、ひとつひとつの出会いを大切にすることを怠ってきたように思いました。今回の交流会で出会えたみなさんたちとの「出会い」を広げて、つながっていけるようにすることを大切にしたいと思います。本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。
感想 東村山市立青葉小学校卒業生 須々田 朋美
ある夜、携帯電話が鳴り、驚きました。小学校の6年生の時に担任だった、佐久間先生からの電話でした。「卒業論文をもう一度送ってくれないかな」
大学の卒業論文に青葉小学校の全生園学習について書いたのですが、その際に佐久間先生には資料をいただいたり、お話を伺ったりとお世話になり、完成した論文を送らせていただいていました。このごろパソコンの調子が悪いのだそうです。
佐久間先生からの電話に驚いたのには理由があります。実はちょうどその頃、ハンセン病について知りたいという友達がおり、私なりに色々と話してはいたのですが、人に伝えるにはもっと勉強する必要があると感じていたのです。それに、小学校で学び、卒業論文で自分なりにまとめてみて、それっきりで終わるのはとても悔しい、これからも学び続けていきたいという気持ちがありました。そんな話のなかで、今回の交流学習会に誘っていただきました。予期せぬ幸運でした。
私は初日のみの参加だったのですが、鈴木禎一さんの貴重なお話を伺うことができました。鈴木さんは、思慮深い、人間的な魅力のある、素敵な方でした。教師であった鈴木さんは、生徒達にとても慕われていたそうです。それは、お話を伺ううちに納得できました。「たとえ病気だろうと常に人間的に高まりたいと考え、それには知る喜び、生きる喜び、生きる意味を見つけていかなければならない」そして「そのような生きがいとは、瞬間的・表面的な喜びではなく、持続する喜びであり、湧きあがる感情である」という深い言葉が胸に染み渡りました。自分が一人の人間として一生懸命に生きることで子ども達に生きるということを何よりも深く教えていたのだと思います。そして現在もなお、私達に教えて下さいます。
鈴木さんから私達へ、ハンセン病療養所をどのように残していくべきか、という問いかけがありました。私は今まで、「真実を学ぶこと」や、「差別・偏見を取り除くこと」、「こども達に伝え続けていくこと」などといった教育のことにばかり目を向けていました。しかし、入所者の方々にとって今何よりも気がかりなことは、平和に安心して暮らせる環境を守っていくことなのではないでしょうか。帰る故郷のない今、最期まで療養所で暮らしたいと願う人たちは多いそうですが、入所者数が少なくなるにつれて、看護士の数も減らされてしまい、ゆくゆくは病院へ移されてしまうという話もあるそうです。国の間違いから連れてこられ隔離された上に、国の都合で今度は慣れない病院へ移されるかもしれない、という現実に、いても立ってもいられない気持ちになりました。
全生園から学んだことを、いつまでもどこまでも伝え残し、みんなが笑顔で幸せに暮らせる社会を守っていくこと。それは全生園の方々の想いを受け継いだ青葉小学校の生徒として、近隣住民として、一人の大人としての責任であると改めて思いました。そして、目下の問題となっている療養所の将来構想について、これから共に考えていこうと思います。
また、今回参加させていただいたことで、日本中で活躍するハンセン病問題に関わる先生方や学生の方にお会いすることができ、とてもうれしく思います。皆さんの熱い思いに触発されて、私もさらに学んでいきたいと思いました。
「皆つながっているんだね」ということを感じた交流学習会報告者 宇内一文(日本大学大学院)
2006年12月23日から25日にかけて、国立療養所多磨全生園で行われた交流学習会に参加しました。個人的な都合で二日目からの参加になりましたが、大変貴重で有意義な時間を過ごすことができました。この学習会で「ハンセン病問題と教育」をテーマにしながらさまざまアプローチでこの問題に取り組んでいる教育部会のメンバーに出会い、交流できたことに心から感謝しています。そして、これからもっとこのような出会いと交流の機会が増えることを願っています。簡単に自己紹介をしたいと思います。私は、ハンセン病療養所の教育問題に取り組む大学院生です。ハンセン病患者のための高等学校である岡山県立邑久高等学校新良田教室について研究を進めています。年に1〜2回は岡山県にある国立療養所長島愛生園に研究調査に出かけています。ハンセン病療養所の教育問題に取り組むことになったのは、教育部会のメンバーである柴田健さんに引率されて多磨全生園の高松宮記念ハンセン病資料館を訪問したことがきっかけです。なので、「ハンセン病問題と教育」というテーマに取り組むきっかけになった全生園で教育部会のメンバーと知り合い、学習会でともに学び、意見交換できたことが大変嬉しいです。
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私が参加した二日目は、午前2本と午後に園内見学をはさんで1本の報告がありました。どれも内容の濃い報告でした。ここでは各報告について私の印象に特に残っていることについて綴ってみたいと思います。まず溝部京子さんと稲尾聡文さんの報告は、小学校でのハンセン病学習の実践に関するものでした。本報告を聞いてはじめて溝部さんが「もりのどうぶつたち」というハンセン病学習を紹介するホームページを運営している「きょうこ」さんだと知りました。この報告のなかで印象に残ったことは、「ハンセン病学習に取り組むことで人間的に一番成長したのは誰なのか?」という問いのなかで、「それは報告者の溝部さんだったのではないか」という意見が稲尾さんから出されたことでした。ハンセン病学習をしていくなかで、生徒が人間的に成長することはもちろんのこと、その学習を支援する教師も人間的に成長することが確認されたこの教育実践の報告は大変意義のあるものだと思いました。ただ、ひとつ教えて欲しいのは、子どもたちがハンセン病学習において獲得する力は、“見知らない他者の痛み、苦しみを自分のものとして共感できる力”等であるように思うのですが、教師がこの学習を通して獲得する力とは具体的にはどのような力なのか、ということでした。次回、お会いしたときに聞いてみたいと思います。
佐久間建さんの報告は、修士論文の中から青年期の入所者の自殺問題に関するものでした。療養所という隔離社会のなかで絶望し、自ら命を絶った青年入所者たちの苦悩の深層を解明しようとするものでした。積極的に生きたいと願っていたからこそ、自死を選択せざるを得なかったのではないかという佐久間さんの主張には私も心から共感できました。佐久間さんの自死問題の報告を聞いて、隔離社会からの解放を目指す患者運動がまさに入所者たちの生死をかけた問題であったことを再認識しました。
午後は、全生園入園者の山下道輔さんが管理と運営をしている「ハンセン病図書館」を見学しました。図書館では、「ハンセン病図書館」が存在することの意義と今後の存廃問題についてのお話を聞きました。山下さんのお話のなかで印象に残ったことは、「ハンセン病図書館」設立に貢献された元自治会長の松本馨(故人)さんのお話のなかで、「僕は、松本馨さんの子どもにあたるんです」と話してくれたことでした。この言葉から、松本さんに対する深い愛情とその遺志を引き継ぐ山下さんの決意を私は感じました。同時に、ハンセン病隔離政策の過ちを究明する視点で設立された「ハンセン病図書館」の存廃問をハンセン病問題に取り組む私たちの問題として課題化し、早急に行動しないといけないと思いました。
二日日の最後は、全生学園の補助教師をされていた天野秋一さんの報告でした。天野さんからは、戦後の全生学園の様子と教師生活についてのお話を聞きました。途中、元入園者の森元美代治さんも駆けつけ、天野さんのお話を補足するかたちで説明を加えて頂きました。お陰で戦後の全生学園の教育状況が把握しやすいものになった。報告の内容は、授業が終わるとすぐに帰宅した派遣教師(どちらが補助教師なのか分らない!)の話、新良田教室の卒業生が補助教師として学園教育に貢献した話、天野さんが夜遅くまで翌日の授業研究をされていた話など「ハンセン病問題と教育」に取り組む者としては興味深い話ばかりでした。天野さんのような語り部の存在は、いまはもう存在しない学園教育を考える上でとても貴重であることを感じました。
三日目は、新良田教室の同窓会長をされている森元美代治さんの報告でした。森元さんの報告は、発病のこと、療養所に入所したこと、新良田教室のこと、社会復帰のこと、療養所の将来構想問題、お兄さんのことなど多岐にわたる内容でしたがどれも奥深いものでした。聞いている私たちでさえ心が痛むような自身の経験を笑顔で話してくれる森元さんに人間の大きさを感じました。
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さて、交流学習会の感想を「皆つながっているんだね」というタイトルにしたのには理由があります。この「皆つながっているんだね」は、愛生園入園者の宇佐見治さんの言葉です。この言葉は、一昨年前に、愛生園を訪問したときに、「(ハンセン病問題を研究する)○○○さんて知ってる?」(宇佐見さん)、「直接にお会いしたことはありませんが、お名前は存じ上げています」(私)、「そうか、皆つながっているんだね」(宇佐見さん)という会話から出た言葉です。宇佐見さんのこの言葉にとても感動したのを覚えています。ハンセン病問題という課題を通して、先達たちとその仕事に学びながらこれからこの課題に取り組む私たちはつながっているということを宇佐見さんは教えてくれました。そして、私たちは入所者の人たちともつながっているということも教えてくれました。交流学習会の感想を書き始めたとき、宇佐見さんの「皆つながっているんだね」という言葉が頭の中を通り過ぎました。「ハンセン病問題と教育」というテーマを通して、交流学習会で出会った教育部会のメンバーと私はつながっている、そして、これからも交流していきたい。このような私の期待と願望を込めて、交流学習会の感想のタイトルを「皆つながっているんだね」にしました。これからもどうぞ宜しくお願いします。
末筆で恐縮ですが、交流学習会の準備をされた世話人の江連恭弘さん、佐久間建さん、延和聰さんに心から感謝申上げます。有難うございました。
東村山市立野火止小学校 福崎 直子
全生園で市民学会が開かれることを聞き、即座に「天野さんや平沢さんのお話が聞けるのなら参加してみよう。」と決めてしまったのですが、それから12月25日までは、日が経つにつれ気が重くなるばかり…。「学会」の2文字が心に引っかかり始めたのです。私にとって「学会」といえば、お医者さんか大学教授が行くところ。「一体どんな偉い人たちが集まってくるのだろう?とにかく隅に座って黙って聞いていればいいか…。」と思って出かけました。ところが「学会」の窓口をなさっている江連さんも、すごい実践をしている人が大分県から参加されると聞いていた溝部さんも、みなさんとても優しそうな方々で(勝手に恐いと思っていてすみません。)テーブルを囲んで座ったときにはホッと肩の力が抜けました。…と力が抜けたのもつかの間、みなさんからの報告や発言を聞いているとハンセン病に関する様々な言葉や歴史、元患者さんたちの活動の様子や作品名があたりまえのようにポンポンと出てきます。「みんなこんなに勉強しているんだ。」と、ただただ驚くばかりでした。午前中にうかがった溝部さんと稲尾さんの報告もすばらしいものでした。宮里さんのコンサートのお話、阿部さん太田さんとの交流、自作の絵本を使った授業…ゆったりとにこやかに話されるその姿からは想像できないほどのエネルギーの持ち主なのだと思いました。また自己紹介の時に話しましたが、「5年生の子どもたちに“ハンセン病”をどうやって伝えていけばいいのだろう?」と戸惑うばかりで上手く授業にできない私に、溝部さんからいただいた冊子の中の「私はハンセン病問題を通して、子どもたちに前向きに生きる勇気と仲間とつながっていく力、社会正義を伝えたいと思う。」という一文は、大きな力をくださいました。社会正義にまではもっていけ
そうもありませんが、まずは私がもっと勉強して「この部分をとりあげて、授業をつくってみたい。」というものを探してみようと思います。
もう一つ、夜になって福安さんにご一緒させていただき、初めてお会いした佐々木さんのお話も大変印象的でした。佐々木さんの語り口にどんどん引き込まれ、大笑いしたりみんなで歌ったりの楽しいひとときでしたが、その合間に話された「今の私たちの願いは何だかわかる?」という問いかけや「ここ(全生園)の人たちは生きることに貪欲よ。みんな長生きしようと頑張ってる。」という言葉が、今もそのまま耳に残っています。ハンセン病の問題は、月日が経っても決して過去のものにはならないのだと知りました。
ハンセン病は、私にとって身近にあるようでいてまだまだ未知の世界です。人から話を聴くたびに、全生園を訪れるたびに発見があり(図書館があることも初めて知りました。)、感動があり、また疑問が沸いてきます。今回は1日だけの参加で終わってしまい、とても残念でした。でも、みなさんと出会えて本当に良かった!またいつか参加させていただきたいと思っています。ありがとうございました。
初冬の多磨全生園で感じたこと 岡村 道子
私は、昨年の長島愛生園での準備会に引き続いて、今回で2回目の参加となる。そして、多磨全生園を訪れるのも、一昨年の晩秋に続いて2回目である。初めて訪れた時は、まだ木々に葉があって武蔵野の面影漂う風景だったが、今回はすっかり葉も落ち、また違った装いで私を迎えてくれた。今回の会も、昨年同様、快復者の方のお話や、各地で教材化に取り組んでおられる先生方の実践、園内フィールド・ワークなど、本当に充実した3日間であった。今回私が一番感じたことは、やはり「教育の力は大きい」ということだった。今回の参加者の中には、多磨全生園に一番近い青葉小学校で、全生園を教材化された佐久間先生の教え子である須々田さんもおられた。須々田さんは、大学で全生園と青葉小学校の取り組みを取り上げた卒業論文を書かれたことを報告された。また、一日目の鈴木禎一さんのお話の中で、園が、事あるごとに入所者の方々に対して、「お前たちは療養所に救われているんだ。お上によって生かされているんだ。」という意識を植え付けていたために、国賠訴訟に約2割の人しか立ち上がらなかったということを伺った。そして、自分自身。私は、同和教育を受けた世代であるにもかかわらず、そのことを全く覚えていなかった。しかし、今年の正月に、久しぶりに小学校時代の担任の先生にお会いして、現在管理職に就いておられながら、その中で奮闘されている姿を見るに、受けた同和教育の内容は思い出せなくても、自分が先生にとても影響を受けていたことに気づいた。その私も、ようやく正式な教員として教壇に立ったばかりである。「なぜ教員になったのか?」その答えを果たすべく、少しずつでも子どもたちにハンセン病問題を伝えていきたいと考えている。
さらに、お話を聞かせていただいた鈴木さんの、療養所での囚人のような生活と闘いの毎日は、入所後、自殺して助けられたことも忘れていたほど過酷なものであったにもかかわらず、「たとえ病気になっても、人間らしい生き方をしよう、したい、高まりたい。」「人間として生きている意味を見い出すべきだ。」という信念の下に生きてこられた姿にとても感動した。
そして、全生学園の教師であられた天野秋一さんのお話からは、療養所の中で希望を持つことのできない子どもたちに、少しでも楽しく学校生活を送らせ、学力をつけさせてあげたい、と奔走されていた姿に、子どもたちに対する非常に深い愛情を感じた。同じ教師として、斯くありたいと思った。森元美代治さんもおっしゃっておられたが、そんな天野先生に、救われた子どもたちは多かったに違いない。
また、佐々木松雄さんとの偶然の出会いも大変印象的だった。ちょうどクリスマス・イブにお宅に訪問させていただいたので、ちょっとしたクリスマスパーティーとなり、楽しい時間を過ごさせていただいた。しかし、明るく楽しい会話の中で、時折ハンセン病問題を違う角度から捉えたお話をして下さり、とても勉強になった。この出会いを大切にしていきたいと思う。
最後に、今回の部会の中で一番話題になったのは、このハンセン病問題をどう伝え、広げていくか、ということである。須々田さんが、「自分の友だちに話をしても自分の問題として考えてくれる人があまりいない。どう伝えていけばよいのか。」という悩みを語って下さったように、それぞれの参加者も同じような悩みを抱えている。だからこそ、この教育部会で出会うことにより、点と点だった自分たちが一本の線となり、また方々へ線を延ばしていくことになるのではないだろうか。そのことを参加者がはっきりと確認できた、今回の会であったように思う。
教育部会第2回交流学習会参加記 福安 和子
私にとって、交流学習会に参加するということは、まず大きな?一つの壁を乗り越えなくてはいけません。(ちょっと大袈裟でごめんなさい。)それは何かというと、交流学習会の会場に辿り着くまでが壁なのです。高速道路も新幹線もない、自然破壊が少ない鳥取から、いかに効率よく(安くて早く確実に)現地に行くか、出かける度に重大問題として降りかかってきます。今回の会場は、初めての「多摩全生園」。もう一つの壁が!…。田舎生まれの田舎育ちの私、東京のど真ん中に降り立って…、いかにして「全生園」に辿り着くか?…。インターネットでいろいろ調べて息子に質問。私「(鳥取からの高速バスに乗って)浜松町からバスを降りて、JR浜松町駅に行くの、どっちに向かって歩いたらいいの?」息子「見りゃぁ、わかる!」私「電車に乗る時、どの電車に乗ればいいの?」息子「新宿方面!見りゃぁ、わかる!」私「電車の切符をどこで買うの?」息子「見りゃぁ、わかる!」とまあ親子のコミュニケーションもしっかりとれ?安心?して出発!夜間高速バスに乗車しました。
ホントに見ればわかる!…電車で移動して無事JR新宿駅に到着し、待ち合わせの延先生と会うことができました。そこからは、私は金魚のフンとなって何も考えることなく「全生園」に到着することができたのです。前置きが長くなってすみません。ここからやっと「全生園」での交流学習の話しになります。
「全生園」の門をくぐるとどこかの森に迷い込んだかのようでしたが、金魚のフンとしましてはキョロキョロしながらもくっついて進みました。
私は今まで全国の療養所のうち「星塚敬愛園」「菊池恵楓園」「大島青松園」「長島愛生園」「邑久光明園」「駿河療養所」には何回か訪れたことはありますが、それらの療養所に共通して言えることは社会生活の喧噪がないことです。でもここは、森のようではありますが都会の喧噪がある、今まで訪れたことのある療養所とは少し違う何かを感じました。(「恵楓園」も街中にありますが「全生園」とはまた雰囲気が違います。)
自転車に乗った数人の野球少年とすれ違いました。ヒイラギの垣根の隙間の向こうに、途切れなく車が行き交っています。
面宿で少し休憩後、最初に延先生と二人で佐々木松雄さん宅を訪問しました。(このことは報告文『“トトロ”と“近藤ブタ”』を読んでください。)
そして、自治会図書館見学、3名の入所者(退所者)の方のお話し、教育部会のメンバー5名の報告、園内見学など、2泊3日の今年の交流学習会も私にとって大きな成果がありました。入所者の方々のお話しを聞き交流できたこと。教育部会のみんなと交流できたこと。また新たな出会いがあったこと。メンバーの中でも若い人たちが、こんなにも熱心に取り組み、がんばっておられる姿を見たことなどなど。
また、入所者の方々に会っていつも思うことですが、岸壁の岩をも砕きしっかり根をはっている松の木のように…。長い間寒さに耐えて可憐な花を咲かせる高山植物のように…。人はこうも強くそしてやさしくなれるものなのか、と今回もそのことを強く感じ、みなさんからたくさんのパワーをいただきました。
そして、私たち教育部会のメンバーが今何をし、これからどうするのか?入所者の方々との交流から得ることができた多くのことと、いただいたパワーを基に、ハンセン病問題から見えてくる事実や問題点を多くの人に伝え、同じ過ちを二度と繰り返さないこと。それが私たちの役目であることを再確認いたしました。
教育部会のメンバーの共通点発見!それは“宴が好き”であること。勉強ばかりの研修会ではなく、親睦交流の宴があるから親しくなれる。そこで、得られるものが多くある。「また会おう」と言える。とにかく楽しい。参加しようと思う時に、いくら壁が立ちはだかったとしてもまた参加したくなる。そんな教育部会です。いかがですか?「参加してみたい」と思われたでしょう!(只今、メンバー募集中。)