和泉眞藏 インドネシア便り

8【2006年のご挨拶】
  ハンセン病市民学会の皆様、新しい年が明けました。インドネシアに赴任して4回目のお正月を今年もジャワ島で迎えました。12月30日まで勤務し、1月2日にから仕事を始めるといういつもの週末と変わらない年越しになりました。
 昨年は市民学会の立ち上げから活動を軌道に乗せるまでに多くの方々が真摯に活動されたこと、ご苦労様でした。特に、10月のソロクトと楽生院訴訟の判決とそれに続く活動には多くの会員の皆様方が参加され、控訴審での勝訴に向けて大切な基礎ができたと思っています。また、全生園医療過誤事件では原告勝訴の地裁判決に対して国が不当にも控訴するという暴挙に出ましたが、控訴審での原告勝訴和解の動きも次第に明らかになってきています。これらの成果も、ハンセン病問題と取り組む広範な市民学会の皆様の活動と無関係ではないと思っています。また最近では胎児標本の問題について市民学会としての要望書を政府に提出するなどの活動がおこなわれています。私自身はインドネシアの流行地にいますのでほとんど直接的なお手伝いはできませんが、今年もハンセン病専門医として医学的側面からお力添えできたらと願っています。今年も皆で力を合わせ、知恵を出し合って頑張りましょう。

 私事にわたって恐縮ですが、12月22日から29日まで日本に帰っていました。長女の結婚式で「花嫁の父」の役割を果たすためでした。このような時には普段別れて暮らしている可愛い盛りの孫なども集まってきて楽しい団らんの時間を持つことできます。そして、こうした普通の幸せを患者さんから奪ってきた日本の近代ハンセン病対策の非人道性に心が痛みました。今年の年賀状にも、何人もの方が家族団らんの機会を持つたびに心の痛みを感じると言われていました。こうした思いは大切にしたいものです。
 12月29日の夜スラバヤにもどり、30日に出勤してみると、私の不在中に進めるように指示していた実験の結果が出ていました。予想よりはるかに多くのデータを出してくれたので年末年始はその解析に追われました。結果はすばらしいものでした。私たちが長年主張してきたらい菌の感染論の正しさがまたしても証明されたのです。少し詳しく説明しましょう。
 皆様ご存じのように、らい菌の感染源は未治療の多菌型患者というのが現在でも多数派の考えです。しかし、らい菌の感染源が患者であるという説には疫学的に見て多くの矛盾があり、既に小笠原登によって昭和10年代に指摘されています。私たちの研究グループは、90年代初期からインドネシアなどの流行地で疫学調査を続け、主要な感染源は患者以外にあるとの結論に到達しました。この説の正しさは、21世紀に入って発達したらい菌の分子疫学の進歩によってかなり明らかになりましたが、まだまだ全ての人が納得するまでには至っていません。そこで私たちは、次々と新しいデータを積み重ねて、研究を続けています。
 分子疫学というのは、らい菌のゲノム(DNA)の構造の違いを調べることでらい菌の感染様式などを解明する学問です。メディアによく登場する人間のDNA鑑定と同じ原理です。今回の研究では、インドネシアの東部ジャワ州の離島ポテラン島で、患者の菌と生活環境中の菌、さらには住民が使っている井戸水の中の菌のTTCというゲノムのマーカーを調べてパターンの違いを解析しました。その結果、井戸水の中のらい菌も、生活環境中のらい菌も、患者の病巣から見つかるらい菌も同じパターンであることが明らかになったのです。この結果は、ポテラン島の患者は自分たちが住んでいるポテラン島の生活環境中の菌が感染して発病していることを強く示唆しています。さらに面白いことは、住民が使っている井戸水中の菌も生活環境中の菌と同じパターンを持っていることが分かったことです。生活用水中の菌―環境中の菌―病巣中の菌がひとつに繋がったのです。これは世界で初めてのデータです。
 これらの結果の意義をさらに検討するために、私たちはもうひとつの濃厚流行地である北マルク州で得られた同様の調査結果と比較しました。結果は、2つの流行地での生活環境中の菌のパターンは大きく違うのに、それぞれの流行地の中では、生活環境中のらい菌ゲノムのパターンは患者病巣中の菌のパターンと一致していました。分かりやすくまとめると、北マルクの患者の菌は、北マルクの環境中の菌のパターと同じで、ポテラン島の患者の菌のパターンはポテラン島の環境中のらい菌のパターンと一致しているのです。
 これらの結果は、らい菌の主要な感染源は患者ではなく、環境中の菌であるという私たちの年来の主張の正しさを強く示すものです。そしてこのことは、なぜ患者の隔離がハンセン病の予防対策として役立たなかったのかについて医学的根拠を与えるものでもあるのです。我田引水という批判を恐れず言えば、私が20年以上前から述べているように。ハンセン病に関する医学的事実について解明が進めば進ほど、私たちのハンセン病に関する主張は強力なものになり、より強い説得力を持つものになります。とすれば、毎年開かれる市民学会では、最近1年間に解明されたハンセン病医学の主要なトピックを学ぶ企画があるべきだと考えますがいかがでしょうか。
 長くなるので次回にまわすことにしますが、最近ハンセン病の起源と拡散について画期的な研究が公表されました。これなども市民学会の皆様には興味つきない研究成果ではないでしょうか。

 話は変わりますが、2006年のインドネシアは多事多難の中で幕を開けました。大晦日には中部スラベシ州の豚肉市場で爆弾テロがありお正月の買い物客や店員が犠牲になりました。イスラム教徒は豚肉を食べませんから犠牲になったのはこの地方に多いキリスト教徒でした。新聞の1面には棺の中で眠る父と母の前で泣き崩れる子供の写真が掲載され、人びとの涙を誘いました。
 そして元日の早朝、私が滞在している東部ジャワ州のジュンブル県で、大規模な山津波が発生し多くの人命(100人前後)が失われ、それ以上の行方不明者が出てしまいました。1月7日、私も災害現地の支援に行きましたが、土石流のすざましさに息を呑みました。幅百メートルほどの巨石と泥の帯が見渡す限り続き、直撃された家屋は土台を残して跡形もなく消えていました。被災民の数は約7000人で不自由なテント生活を強いられており、風邪や気管支炎などの感染症が広がっています。津波の原因は山の斜面の森林の濫伐と換金作物農園の違法な開発といわれています。そして、同じような危険箇所がまだ150カ所もあると言います。これからも同じような災害が起きる可能性は大きいのですが、適切な予防処置には手が届いていないようです。日本は豪雪の被害、インドネシアは人災の性格が強い豪雨災害ですが、大きな視点から見るとこれも温暖化がもたらした地球規模での気象異変の現れのひとつでしょう。
 年頭早々不吉な予感ですが、今年も平穏な年にはなりそうにありません。ただ私の任期はこのままですと10月に終わります。この地のハンセン病問題はまだまだ解決に向かいそうにありませんので、その後どうすべきか決断を迫られる年になりそうです。
(2006年1月10日)
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