和泉眞藏 インドネシア便り

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 ハンセン病市民学会に関心をお持ちの皆様、いよいよ設立総会が迫ってきました。この学会はきっと大きな仕事をしてくると私は確信しています。みんなで頑張り育てましょう。
 4月14日は忙しい1日になりました。先便でも書きましたハンセン病の流行地マドゥラ島のサンパン郡から来た2人の若い研究者に研究技術の実習指導をしていたからです。サンパンでは昨年517人の新患が発見されました。人口は78万人ですから、日本で同じ比率の新患が出たとすると、83000人にもなります。しかもこの地の流行は終息に向かわず新患は少しずつ増えています。この事態の解明に役立つ研究をこの2人に期待しています。このような流行地の現状を見ながら、今日は「科学的であることと人道的であること」について常日頃考えていることを書き送りたいと思います。

 科学研究というと、皆様の中には研究をしたい人が個人的興味から研究課題を思いつき、その興味を満足させるためにするものと考えている方があるかも知れません。また日本では医師が自分を権威づけるために医学博士の学位を取るためにだけ研究し、取得後は研究をやめてしまうことが少なくありませんでしたから、医学研究は医者が自分のために患者をモルモットに使ってするものと否定的に考えられたのも事実です。そうした事情に反発した私たち学生仲間は、「研究はしても学位は取らないでおこう」と言い合ったりしていました。しかし国際的にみると学位は研究者としての登竜門であり、ないと研究費の申請などに不利と分かり、私も昭和56年に京大に論文を提出して学位を取得して研究を続けることにしました。
 30数年間の研究生活をいま振り返ってみると、この間に社会の研究についての理解が大きく変化したとしみじみ実感します。この変化の背景には、科学研究が現代社会の重要な一部分になり、多額の費用と人材と組織を必要とするようになった事情があります。公的な費用を使って研究する以上、納税者は当然その結果が国民、広くは人類の幸福に役立つことを期待しますから、研究者はそれに応える義務を負います。しかしだからといって基礎科学的研究の重要性が薄れたわけではありません。研究を通じて自然や人間社会について理解が深まることは、多くの応用的研究の基盤を構築するために不可欠だからです。

 これまでのインドネシア便りで書いてきたように、現在私が取り組んでいる研究テーマは「らい菌感染とハンセン病の蔓延に関する疫学と実用的予防方法の開発」ですから、これは正に応用的研究であり、直接的にはインドネシアのハンセン病対策に役立つこと、ひいては世界のハンセン病対策に役立つことをめざしています。しかしこの研究は何かにつけて研究条件の悪い開発途上国でしかできないところに大きなハンディがありますから、いかにしてそれを克服して先進国に負けない高度な研究をするかに工夫が必要です。そこで私が提案したのが「問題先導型研究(Problem Oriented Research)」という理念です。これは流行地におけるハンセン病の現状をつぶさに調査研究し、そこから問題解決のために緊急性の高い研究テーマを探り当てるという方法です。たくさんのハンセン病患者が生活するフィールドに研究拠点をおき、先進国の研究者の手が届かない研究をすること、そしてそこから流行地でのハンセン病対策の改善に直接役立つ研究成果を生み出すことで、ハンセン病患者を救いハンセン病のない世界をめざすのです。ゴールは遠いのですが、そこをめざして一歩ずつ進まなければ決してゴールには近づけません。この研究姿勢の中には、科学的であることと人道主義的であることを両立させたいとする私たちインドネシアと日本の研究チームの切なる願いが込められています。

 私は長年にわたって京大医学部のハンセン病施設で診療と研究と教育に携わってきました。この施設は小笠原登先生が創設され、恩師西占貢先生が発展させられた施設ですが、私の時に激動の時代を迎えました。
最大の激動は、ハンセン病のための独立した病棟が閉鎖になり、まだ活動期にある患者を一般病棟に移したことでした。抗ガン剤やプレドニンなどの免疫抑制剤を使っている重症の皮膚病患者と一緒にハンセン病患者を入院させても危険はないか、どんな感染予防措置が必要かなどが検討されました。
 大学というのは科学的に思考する人の集団ですから、説明は科学的で論理が一貫していないと納得してもらえません。一方で京大を頼ってきているハンセン病の患者さんの医療が低下することは絶対に避けなければなりませんでした。ここでも科学的であることと患者さんに対して人道的であることを両立させることが求められたのです。私が専門医として述べたことは、ハンセン病に特別な対策は必要なく、京大病院が日常受け入れている感染症患者と同じ扱いをしてほしいということでした。この説明で京大病院は納得し、全ての病院施設と機能を全てのハンセン病患者に開放したのです。

 話をインドネシアにもどしましょう。いま私が働いているアイルランガ大学医学部附属病院であるDr.ストモ記念病院では、皮膚科病棟に他の皮膚疾患の患者とベッドを並べて重症のハンセン病患者が入院しています。このシステムを作り上げたのは先代のイリアス教授で、それを継承発展させたのが私のかけがえのない共同研究者であるインドロポ教授です。こ こでも科学的ハンセン病医学は患者に対する人道主義的配慮と結びついてシステムを支えています。
ハンセン病医学にとって、目の前の患者に対する人道的な配慮と、将来を見据えた科学的視点は車の両輪であり必要不可欠なものではないか、そんなことを考えながら日々の研究生活を楽しんでいます。
(2005年4月16日)
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