4月に入り日本では桜の便りがしきりである。日本だけで暮らしていると四季がありその時々の花が咲くのが当たり前に思えるが、地球上には四季のない国や地域も少なくない。私がいま暮らしているスラバヤは南緯7度にあるから正に赤道直下の南半球で、一年を通して日中の最高気温は34度、夜間の最低気温は25度くらいである。要するにいつも真夏日で熱帯夜である。日本人は暑い日が続くと「夏ばて」になるが、熱帯の人は夏ばてしないのだろうか。一生涯夏だけで過ごすのだから暑さに強いのかも知れないし、生活のリズムをゆっくりにして夏ばてを回避しているのかも知れない。ともかく何事につけてもインドネシア人はせかせかしない。私は日本からインドネシアの空港に着くと、そこで何度か深呼吸をして「ここからはインドネシアだよ」と自分に言い聞かせ、現地のペースに合わせるようにしている。これが常夏のインドネシアで穏やかに暮らすコツである。
世界の気候が多様なように、世界各地のハンセン病も極めて多様である。地域の環境の違いやそこに暮らす人の生活状態によってハンセン病は様々な顔を見せる。日本ではハンセン病は感染しにくい病気であることが繰り返し強調される。日本だけについていえばこれは基本的に正しい。特に戦後の日本では新患数がどんどん減少して現在では新患がほとんど出なくなっている。日本人はハンセン病にかからなくなったのである。敗戦までの日本では厳しい絶対隔離政策がとられたが新患数は全く減少しなかった。患者の隔離がハンセン病の予防に役立たず新患発生が減少しないのは世界共通の現象で、現在の日本で新患が出なくなったのは対策と無関係に日本人がハンセン病にかからなくなった結果である。日本人は人種としてハンセン病に強いようで、小笠原登が指摘しているように、1000年以上系統立った対策がとられなかったにもかかわらずハンセン病が大流行した事実は知られていない。
日本人と比較してヨーロッパの白人はどうだろう。現在ヨーロッパの白人がハンセン病にかかることはないので抵抗力があるように見えるが、白人は人種的にはハンセン病にかかりやすい。これは中世のヨーロッパを代表する慢性病がハンセン病であった事実や、19世紀に見られたノルウェーでの大流行、例えばハンセンがらい菌を発見した当時のベルゲンでは市民の40
人に1人がハンセン病に罹患していた事実を見れば明らかである。
話をインドネシアにもどそう。私はここ20年ほどハンセン病の疫学研究を続けている。主なテーマは、「らい菌感染とハンセン病の蔓延の疫学と実用的予防方法の開発」である。この目的のために、研究に適したハンセン病の濃厚流行地をさがし歩いている。そして、インドネシアでは現在でもハンセン病が激しく流行している地域はあることを知った。いくつかの例をあげよう。
かつて香料諸島として知られたマルク州、特に北マルク州はインドネシアでも有数のハンセン病流行地で、私たちが調べたハルマヘラ島のジャイロロ郡では村人40人に1人がハンセン病患者であった。さらに僻地の離島に行くともっと濃厚流行地があるというので見に行くことにした。
早朝濃霧の中を小型のスピードボートを借り切って出発した。走り出してから分かったことだが、船にはコンパスも救助信号を出す設備もなく、余
分な食糧も燃料も積んでいなかった。方向を間違えば太平洋に迷い出てしまい生還は絶望的であるという。若いインドネシア人船員の勘だけを頼り
に4時間ほど走り目的地のデデタ島が霧の向こうにかすかに見えたときには、その航海術のすごさとやっと助かったとの思いで胸をなで下ろした。
検診をしてみるとこの島では島民の10%がハンセン病に罹患していた。危険を冒しても訪問した甲斐があったとみなで喜びあった。
私の
かけがえのない共同研究者であるテキ先生が、モロタイ島での経験を話してくれた。少し年配の人ならこの島の名前を記憶しているかも知れない
。戦後何年もたって台湾出身の軍属(確か中村さんという名前だった)がジャングルの中で保護された熱帯雨林の島である。
ある日テキ先生が
南モロタイのバスターミナルでハンセン病についてマイクで説明し、思いあたる症状のある人はホテルに来たら診察すると宣伝した。この情報
はバスの乗客によって沿線に伝わり、翌朝大勢の患者がホテルに詰めかけた。患者の大部分はハンセン病の新患だった。インドネシアの僻地には未だに発見されず治
療も受けていない患者がいるのである。
現在私が暮らしているスラバヤの北に、マドゥラ島という東西160kmの大きな島がある。ハンセン病患者が多
く、私たちの大学病院にも多くの患者が紹介されてくる。今年の1月私たちはこの島に隣接するポテラン島という小島に疫学研究のためのフィールドを開いた。人口4万人のこの島で昨年発見された新患は110人である。もし同じ比率で患者が出たとすると、日本の新患は年35万人になる。ハンセ
ン病が保健衛生上の重要問題である地域がまだ世界には少なからず存在することを忘れないでほしい。
日本の啓発活動ではハンセン病は感染しにくい病気と繰
り返し宣伝している。国策遂行のためにハンセン病の感染性について誤った知識を繰り返し教え込まれた日本人の差別意識を是正するためにはこのような宣伝もある意味
では必要かも知れない。しかし、その結果、ハンセン病は安全な病気だから差別してはならないという誤解が広がれば新しい差別が生まれるし、ハンセン病は人類にと
って重要な病気ではないとの誤った情報を国民に与えれば、流行地の患者を痛めつけることになる。なぜなら、流行地のハンセン病を制圧し、ハンセン病のない世界を
作るためには日本を含む先進国の進んだ科学技術の発展が必要不可欠だからである。
前回のインドネシア便りで私は、専門家を疑えと書いた。これは何も奇をて
らって書いたわけではない。疑わなければならない第1の理由は、本当の専門家はいつも自分自身で自分の学説を疑っているからである。日々現れてくる新しい事実や
研究成果を取り入れながら自分の学説を日々磨いて行くのが本当の専門家であり、それをしないのは似非専門家である。似非専門家の妄言を見破る第一歩は疑うことで
ある。これが第2の理由である。
市民学会では皆が自分の心に浮かんだどんな疑問でも率直に提出しあい、討議を通じて切磋琢磨してほしいと願っている。
(2005年4月7日)