和泉眞藏 インドネシア便り

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  数日前、ハンセン病の濃厚流行地のフィールドで採取してきたサンプルを分析していると、「患者が診察に来た」とスタッフが呼びに来た。私たちの研究室は病院ではないので日常診療は行っていないが、治療に手間取るなどの難しい症例が紹介されて来たときには診察している。最近その数が増え、紹介状を持って突然受診する患者が出てきた。もっともインドネシアでは日本の医師免許は通用しないので、私ができることはインドネシア人医師の監督下で診察をしてアドバイスするだけであるが、セカンドオピニオンとして役立つことも少なくない。直接自分で治療できなくても、プレドニンの副作用で自殺未遂を起こした患者が日本から持って行った薬で危機を脱して元気になり、小さな店を始めて立派に立ち直った話などを聞くと、臨床医としてはやはり嬉しい。

 日本にいたときは活動期の患者は非常に珍しく、数年に一度見かけるとたいそう喜んで診療したものである。喜んでと言うと語弊があるが、私たち医師にとって患者さんは最高の教科書であり、診療を通じて多くの生きた知識を学ぶことができるので、つい嬉しくなり懸命に治療することになる。
 以前聞いた話だが、全生園では外国人の新患が来ると自分たちでは治療しないで帰国させてしまうというのでびっくりしたことがある。貴重なチャンスを生かしてなぜ学ばないのだろうか。らい反応が怖いというのがその理由だったが、らい反応に正しく対処できないようではハンセン病の治療はできない。患者から学ぼうとしない医師のこうした姿勢が長年続いた結果、全生園のハンセン病医療水準は低下し、医療過誤を犯して司法に断罪される初めての事態を招いたのである。このような医療荒廃を招いた第一の責任は当然園当局にあるが、そのような状態を放置して多くの犠牲者を出した入園者自治会執行部の責任も決して小さくはないと私は考えている。

 インドネシアの流行地で日常的にハンセン病患者を見ていると、この国ではなぜこんなに患者が多いのだろうという思いがつのる。 ハンセン病が社会経済状態の悪いところに多いことはよく知られているが、インドネシアは開発途上国の中で特別に貧しい国ではない。天然ガスや石油などの天然資源も豊富であり、1948年の独立以来大きな戦争も経験しておらず、人口政策もそこそこうまくいっており、経済はそれなりに発展している。インドネシアのハンセン病流行の原因が貧困だけで説明できないことは明らかである。それではなぜと聞かれても、いま鋭意研究しているところですと答えるしかない。そんなことも分かっていないのかとお叱りを受けそうだが、それが事実である。
 現在のハンセン病医学は、ハンセン病をどこまで解明したのだろうか。多くの基本的な問題がまだ解明されていない。
ハンセン病が慢性細菌感染症であるが、菌の感染源、感染様式など、対策に不可欠な最も基本的なことがまだ解明されていない。ハンセン病医学は、患者がらい菌の感染源であり、患者からの感染を防ぐことができればハンセン病をなくすことができると長年考えてきた。しかしこの考えでは説明できない多くの事実が昔から分かっていた。例えば、患者の多くはハンセン病患者と接触したこともなければ見たこともないのに 発病している。患者を隔離しても新患の発生は減少しないなどの事実をどう説明するか、科学的な答えはまだない。
 1990年代はじめからわれわれのグループを含むいくつかの研究チームが流行地で疫学調査を行い、流行地では多くの住民が発病はしないがらい菌に感染していること、また健康住民の鼻腔表面かららい菌が見つかる事実を発見し、流行地の生活環境中にはらい菌がいることを証明した。また、分子疫学という最新の技術を使って、生活環境中の菌が感染して地域住民がハンセン病になっていることを示す証拠を示したのも私たちの研究グループである。この新しく発見された事実は、まだ広く世界に受け入れられておらず、より説得力なるデータを得るために研究が続けられている。
 近年ハンセン病医学は長足の進歩を遂げているが、それでも感染症医学の基本中の基本である感染源や感染様式すら解明されていないのである。ハンセン病研究センターやハンセン病療養所に所属する“専門家”の中に、このような事実に目をつぶって、ハンセン病は地球的規模で近いうちに制圧できるから、ハンセン病の研究はそれほど重要でないと公言する人がいる。
 専門家の妄言に惑わされないよう、国民は自分の眼で事実を見つめ、自分の頭で考えなければならない。「専門家を疑え」、これはわが国のハ ンセン病対策の歴史から私たちが学び取るべき大切な教訓である。
 市民学会が、そのような場になるように期待している。

(2005年3月20日)

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