和泉眞藏 インドネシア便り

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 梅雨が明けた日本、猛暑の日々が続いているようですが皆様いかがお過ごしでしょうか。この猛暑も地球環境の変化による世界的異常気象の一部だと思われます。今年はインドネシアでも雨季が長引き、ブンガワンソロが氾濫したりしましたが、例年より涼しく、夜などはシーツ1枚かけないと身体が冷えて目が覚めたりします。おかげさまでとても元気です。

 長いご無沙汰で申し訳ありません。前便を送ってから解決を迫られるむずかしい事情がたくさんあり大変だったのですが、皆様のお力添えで何とか乗り切りこちらでの研究生活を続けています。インドネシア滞在もこの6月で満6年が過ぎ、7年目に入りました。やっと「インドネシア便り」を書けるようになりましたので、また続けたいと思っています。その再開第1便として、今日は中国のハンセン病事情と北京五輪を巡る入国拒否問題について最近考えていることを書いてみます。

 中国がオリンピックに際して入国を許可しない外国人のリストを発表し、その中に精神病患者や開放性結核、性感染症患者と並んでハンセン病患者が含まれていることを私が知ったのは、6月6日の遠藤先生からのメールでした。本当に驚いたので原文をインターネットで取り寄せて読んでみたところ、入国を許可しない外国人として、過去に中国政府から国外追放になった者、テロを起こす可能性のある者、密輸や麻薬の取引、売春をする可能性があると認められる者などと並んで、上記の4疾患が入っていました。さらに原文には「等」という字が入っていましたから、4疾患以外でも病気を理由に入国を拒否できるというとんでもない内容でした。
 公衆衛生学の観点からみると、この規定は全くと言ってよいほど無意味です。なぜなら、これらの病気の有無を入国に際して係官がその場で判定することは事実上不可能ですし、入国者全員に診断書の提出を求めることなどできませんから、実効性はないのです。ただ、ハンセン病患者について少し事情が違っているのは、顔や手足に変形のある方の場合で、係官が疑いを持つと別室に連れて行かれて厳しく審査される可能性があります。法律の本来の主旨からすると、後遺症は対象にならないのですが、まだ活動期の患者なのか回復者なのかについて説明するのは容易ではないことを考えると、観戦をやめてしまう可能性が高いと予想されます。
 予防医学的に全く無意味であっても、こうした規制を設けることは、国家の保健衛生政策としては意味があるのかも知れません。それは、この様な規定を知った外国人が観戦を諦めるという予防効果が期待されるからです。問題は、なぜこの4疾患を代表にあげたのかということにあります。その背景には、これらの疾患に対する偏見や特別視があると私は考えます。例えば、精神疾患の患者がオリンピックを観戦したからといって、周りの人に病気がうつるわけではありませんから問題はないはずですが、「精神疾患の患者は何をするか分からない」という偏見が規制の背後にあることは明らかですし、犯罪の可能性についても、患者が特に危険というわけではないのに規制をかけるのは、昔の誤解がまだ中国政府の当局者にはまだ残っているからだと思います。開放性結核は周りに菌を感染させる可能性がありますが、マスクをすれば防げますし、性病については良識に訴えるしかないと思われます。いずれにしても、これらの疾患は中国国内にも存在していますから、短期の訪問者がこのような病気の患者だったとしても、伝染の危険性がめだって増えるわけではありません。
 ハンセン病については、市民学会始め日本ハンセン病学会やその他の団体からも規制撤回の要請が中国政府に送られ、日本の外務省も働きかけてくれましたが、その時点では受け入れてもらえませんでした。報道によると、病気の予防上必要だとの理由でした。
ところが、7月23日になって中国政府は、7月20日からハンセン病患者と家族の入国を拒否する政策を今後はやめると世界に公表しました。私たち市民学会の活動が、ハンセン病に対する無理解やハンセン病患者に対する差別や偏見の解消に大きく貢献し成果をあげた瞬間でした。

 では中国はなぜ方針を変更したのでしょうか。瀬古由起子さんから教えて頂いた情報によりますと、中国が共同提案国になっている国連人権理事会の、ハンセン病患者の人権尊重の決議案に配慮したこと、および医学的理由からとしています。この2点については、市民学会も要請書で正しく指摘したことでしたので、受け入れを決めた中国政府の良識を評価したいと思います。
 私が特に注目したのは、市民学会の要請書が、治療中の患者は感染源にならないと指摘したことについて中国政府もそれを認め「2週間で・・・他人への伝染の危険性は大きく低下する」と述べていることです。ここで思い出すのは、この5月の市民学会の分科会Aで、国立ハンセン病資料館の展示が、この点を無視している誤りを正しく指摘したことです。市民学会の指摘が国際的にみても正しいものだったことが証明されたのです。誤った展示が今では続いていないことを祈るのみです。
中国政府はまた、世界が隔離政策をとっていないことを述べ、中国も同じ政策を採用しているとしていることにはホッとしました。

 さて、最初にお約束した中国のハンセン病について私の知る範囲でお話したいと思います。
 ご存知の方も多いと思いますが、中国のハンセン病の歴史はインドと並んで古く、両国の医学書の古典には、ハンセン病の症状に関して正確な記述があります。正確性には問題がありますが、かつて中国には100万人の患者がいると光田健輔も報告していますから、当時は世界でも屈指の流行国であったことは間違いありません。その分だけ中国人のハンセン病に対する差別や偏見の意識は根強く、その意識は現在でも中国人の中に生き続けています。その例をあげてみましょう。

 私が現在仕事をしているインドネシアにもたくさんの華僑が暮らしており、その中からハンセン病に罹患する人が少なくありません。その何人かを私がケアしているのですが、彼らのハンセン病に対する恐怖心は尋常のものでなく、必ず治るし感染力も弱いから家族のことはあまり心配しないように、と繰り返し説得してもなかなか納得してもらえません。通常の診察では通訳を介するか、患者との対話をインドネシア人医師に依頼するのですが、中国語の分かる華僑の場合は、私が直接中国語で説明することもあります。そのことによって患者や家族とより親密になりますし、こちらの意図が伝わりやすいからです。この様な工夫をしても、彼らの意識を変えることは非常に困難です。華僑患者の難しさはインドネシア人の医師もいつも経験していますから、インドネシア国の事情ではなく、華僑に受け継がれている「文化的背景」が大きく影を落としているのではないかと考えています。

 ところで中国のハンセン病ですが、1949年の中華人民共和国成立当初は、沿岸部を含む多くの地域でかなり広く蔓延していました。その当時の正確な数字は分からないのですが、中国各地にはハンセン病病院があり、そのいくつかを私も訪ねたことがあります。日本の療養所と同じ雰囲気だったことが印象的でした。
 中国のハンセン病対策を中心的に進めたのは、馬海徳(マーハイド)という医師です。彼はもともとレバノン人で、抗日戦争中に八路軍(中国共産党の軍隊の1つ)を医療面で支援するために中国に渡った13人の外国人医師のひとりです。その仲間にカナダ人外科医ノーマン・ベチューン(中国名白求恩)がいます。彼は前線で負傷兵を治療中に自分も化膿菌に感染して命を落とすのですが、私が馬先生に「ベチューンは私の少年時代の英雄でした」と伝えたことで、急速に仲良くなりました。その時に頂いた絹織物のベチューンの肖像画を、私は今でも大切に保管しています。ベチューンの生き方は、今でも私の心の中に生きているのです。
幸い命を落とさなかった馬海徳先生は、中華人民共和国成立後も中国に残り、保健衛生分野で生涯中国人民のために働き先年死去されました。
私が中国のハンセン病に関心を持つようになった1980年代には、中国では毎年5000人くらいの新患が出ていました。当時聞いた話では、患者登録制度が整備されており、約50万人の記録があるとのことでした。患者を全員隔離したかどうかは知りませんが、診断がつくと薬による治療が終わるまで年余にわたって病院に入院隔離し、治癒すると元の職場に復帰させていると聞いたことがあります。このやり方は、中国独自の隔離政策で、外来治療が基本である世界の潮流と違いますが、今回の発表では中国も諸外国と同じ政策をとって患者の社会活動を認めているということですから、今は政策を変更したのかも知れません。
当初年5千人くらいあった新患も、改革開放政策によって経済が発展するに従って次第に減少し、最近では年1300人くらいが続いていると今年の2月に会った中国の専門家から聞きました。この政策が国内に大きな経済的格差を生んでいることは皆様もご存知の通りですが、経済発展が著しい沿岸部では著名に減少し、立ち後れが著しい内陸部、特に雲南省や貴州省では今でも多くの患者が出ています。この減少は、中国政府の政策が正しかった結果ではなく、社会経済状態の発展に伴ってハンセン病が自然消滅に向かうという疫学的法則に従った結果であると私は考えています。患者の減少は現在頭打ちになっており、終焉はまだ見えてきません。本当の意味での経済発展で全ての地域の住民が豊かになれば終焉を迎えるのでしょうが、現在進んでいる経済発展は別な意味でも世界に大きな問題を起こしており、地域間格差が拡大していますから、今後の見通しは不透明です。

 話を北京オリンピックにもどしましょう。今度のオリンピックほど政治が色濃く影を落とした大会は少なかったのではないでしょうか。3月のチベット人の人権闘争に対する弾圧に関連して世界各地で聖火リレーに対する抗議の妨害があり、中国人留学生らによる異常なまでの愛国的支援活動があり、真っ赤な中国の国旗がテレビの画面を埋め尽くし、世界の人々に眉をひそめさせました。それに追い打ちをかけて四川省での大地震と救援の遅れが、国をあげてのお祭りムードに水を差しています。
報道によりますと、オリンピック期間中北京首都圏では工場の操業を縮小して大気汚染を減少させるとのことです。これは奇妙な政策です。オリンピック選手や外国からのお客さんの健康のためには必要なことなのでしょうが、大会がすめばまた操業を再開し北京の市民の健康を蝕むのです。
昨年10月、私は53年ぶりに河南省の鄭州(ていしゅう)を訪れました。私の知る人口20万人の地方都市は、今では人口700万人の大都会になっていました。私を驚かせたのは、ホテルの窓からみた早朝の空です。晴れているのに太陽がぼんやりと赤く見えるのです。中国の大気汚染の深刻さを実感させられました。中国のことわざに、「蜀犬日に吠ゆ」というのがあります。蜀の国(現在の四川省)は雨が多く太陽を見ることが少ないので、たまたま日が出ると犬が怪しんで吠えるという意味です。中国がこのまま公害を軽視して経済発展を追い求め続けるならば、いずれ中国の大都市では犬が太陽を見て吠えるようになるのかも知れません。その時に人々の健康がどうなっているのか、公害被害先進国の日本国民としては心が痛みます。世界の大国をめざす国威高揚はオリンピックまでにして、地道に経済格差を是正し、人々の健康を大切にする国に生まれ変わってほしいと切に願っています。
かつて私が心から愛した中国は、こんな国ではなかったという思いがつのる今日この頃です。

(2008年7月31日)
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