僕は、2001年5月11日までハンセン病問題を知らなかった

  
 ハンセン病市民学会事務局メンバーのYさんは、今夏、教育関係者の前で話をするという初めての経験をしました。「緊張しちゃって…、何をしゃべったか覚えていないんです」と言うYさんから、そのときの様子を聞きました。
 Yさんの話はそこから、志村 康さん(菊池恵楓園)から投げかけられた話、「ハンセン病」との出合い、市民学会参加のきっかけへとつながっていき、若者の思いを知る良い機会になりました。
 みなさんもYさんの話を聞いてみてください。始まり、始まり〜。

 かわいそうじゃダメなんじゃないか


 教育関係者のグループで、菊池恵楓園訪問のあと30分ほどの時間を使って若者の話が聞きたいということでした。恵楓園ではAさん(入所者)の話があって、その話を聞いている時の先生たちの姿を見ていて、あまり興味のない人たちなんだなぁという印象があります。「こんなもんかなぁ」というのが正直な感想。Aさんが最後に「質問はありませんか」と聞かれて、最初手を挙げる人がいなかったんです。Aさんが「なぜ手を挙げないんですか」と言われたんで、じゃぁと一人、二人の手が挙がりました。

 先生たちは疲れていたのかもしれないけど、僕はその状況を見ながら、先生たちにとってハンセン病なんていうのは他人事なんだなと感じました。一人の先生が、話の中で「悲しい」っていう言葉を使っていたけれど、菊池恵楓園という所にきて、「悲しい」とか「かわいそう」という感想を持つっていうのは、第三者的な立場から眺めているんじゃないかと思うんです。

 自分がハンセン病問題の当事者としての立場から菊池恵楓園を眺めた時、自分たちの無関心が療養所という構造的な暴力空間を黙認し、強化してしまったということに対して僕はショックを受けたんです。
 だからこそ、そのあと自分の話の中で『果たしてかわいそうという言葉がでるんでしょうか』という率直な感想を言いました。問題提起をしたかったんだと思います。悲しいとかかわいそうじゃ、結局はダメなんだって…。批判しすぎたな…と思います。今、話しているうちにそんな風に思ってきちゃいました(苦笑い)。

宿泊拒否事件に『快感』!?


 今、7月に聞いたばかりの志村 康さんの話がとても印象に残っているんです。
(2005年7月28日 志村 康 談)

 ある会で大学の先生が、自分のゼミにおいて「宿泊拒否事件」を取り上げた時のことを披露されました。そこでひとりのゼミ生が、そのことに『快感を覚えた』と言ったというのです。
 自分は宿泊拒否という報道を目にして、快感を覚えた…。今まで、差別はしてはならないということだけをおそわってきた。しかし、こういうふうにあからさまにハンセン病に対して宿泊を拒否するという報道に接して、自分の中に差別心があるかどうかは別として、その報道自体に『快感を覚えた』と言ったそうです。

 その先生がそう言ったものですから、私(志村)は「だから言っているでしょう。日本は真の人権教育はやっていないんじゃないかということを。それは私のところにきた誹謗中傷と根っこは同じだ」と言ったのですが、教授は「いやゼミ生ですし、顔も隠さないし名前も明らかになっているから、それとは明らかに違います」と言う。
「そんなことを言っているから、私は人権教育がないと言っているんだ」と教授に怒ったんです。あなたのゼミの学生すらそういうことを言うんじゃないですかと。
 「真の人権教育はやっていない。小・中・高等学校においてきちんとした教育をやってきたのであれば、『快感を覚える』という言葉は出ないはずだ」と言ったら、教授は、「志村さんにそう言われると、私は返す言葉がありません」と頭を抱えていました。

「快感」と感じるか否かの分かれ道

   そのゼミ生が、アイスター事件のニュースを聞いて『快感』だって思ったということは、個人的には正直、理解できない。でも、矛盾しているようだけれども、よくよくその「快感」って言葉を、同世代の立場からかみしめて考えてみると分からなくもないなぁって、一瞬思ってしまう自分もいるんですよ。

 僕が中学校の時、職員室の入り口に「差別ダメ、ゼッタイ」というキャッチコピーがでっかく書いてあるポスターが貼ってありました。いつも職員室に行く時は、そのフレーズが嫌がおうにも目に止まるんです。なぜだか分からないけど、今でも鮮明に覚えています。
 何が言いたいかというと、これこそ僕が小学校・中学校で受けてきた同和教育の全てであるんじゃないかって思っているんです。学校の中で教えられてきたことを振り返ってみると、「差別はいけない」ということを念仏のように繰り返し言われてきたこと。それしか記憶にない。

 僕は「差別ダメ、ゼッタイ」って習ってきた。その学生もおそらく似たり寄ったりの教育を受けてきたんだと思う。だから僕たちはずっと「差別」と言われたら「いけません」「ゼッタイダメ」と無意識的反射的に思うようになってしまったのではないか。
 その学生は、あのニュースを見たときに快感と思った。僕はそのようには思わなかったけれども、一歩間違えれば同じように「快感」と思っていた可能性はあると思います。
 
 「快感に感じるか否か」の分かれ道は一体どこにあるのかってことを、僕は志村さんの話を聞いて考えるようになったんです。同世代で、同じような教育を受けてきた僕とその学生。なのに捉え方が全く正反対。その違いが個々人の問題で片付けられてしまえば、そこで終わりだけど、僕はそうは思わない。むしろ同じ教育を受けてきたにもかかわらず、全く正反対の、しかも一方では差別に反対し、もう一方では差別を許容するというのは、受けてきた教育の在り方そのものに原因があるのではないかと考えてしまうんです。

(2005年8月  Yさん談)

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