ハンセン病市民学会の集会が、この土、日曜日に東京でひらかれた。今年で四回目、全国から約八百人、回を重ねるにつれて、学生など若い人たちの姿が目だってきている。主催者代表の国本衛(82)さんが、開会直前に急逝されたのは、集会準備の過労のためだった。ハンセン病ばかりか、在日コリアンとしても差別され、隔離政策の国家責任を問う賠償訴訟の少数原告として、療養所内でも白眼視されていた。
開会式でわたしは、その死を「闘い半ばにして斃れた」と月並みな表現でしかいえなかったが、元ハンセン病のひとたちが、八○すぎてなお運動をつづけなければならない状況は、悲惨である。
現在、国立のハンセン病療養施設は、全国で一三箇所、二七六四人が生活しているが、平均年齢は七九・五歳、病没者はあとをたたない。このひとたちが、せめて最後の日まで安らかに暮らせるようにするのが、国家と自治体が一体化しておこなった「民族浄化運動」というべき、強制収容と終身隔離を支持してきたわたしたちの責任である。
療養所内での生活と医療水準を確保させるための「ハンセン病問題基本法」の制定が、いまの大きなテーマである。警察権力をつかった強制収容が激しくなったのは、日本の戦時体制が強まったとき、との指摘があった。昨今の「厳罰化」を支持する世論が不気味だ。
東京新聞『本音のコラム』2008年5月13日掲載
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