昨年末に『沖縄県ハンセン病証言集 沖縄愛楽園編』『同 宮古南静園編』が「平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞」を受賞しました。ハンセン病問題に関する書物がこのような評価をうけたことを嬉しく思いました。一昨年は『同 資料編』が「沖縄タイムス出版文化賞特別賞」を受賞しています。そのとき、この受賞は遅すぎた、20年前に発刊された愛楽園自治会史『命ひたすら』など、それに値する書物はこれまでにもたくさんあったという印象を持ちました。
『沖縄愛楽園編』と『宮古南静園編』は多くの人々の熱意、労力、苦心の結晶であり、これらを読まずして沖縄のハンセン病を語ることはもはやできないと思います。私自身のこととしても、やり遂げたという安堵感や知り合えた一人一人の入所者の生きた証を残せたという充実感があります。しかし他方で私の能力や気力、また人生経験の不足から書物の中に残すことのできなかったたくさんの証言のことが気にもなっていました。もやもやした気持ちを抱えて「新・あつい壁」の上映会や「基本法」の署名集めなど目下の活動に関わっていました。沖縄愛楽園証言集編集事務局としても将来構想問題の解決へとつながる準備を整えてから、解散すべきだろうと考えていました。そのような私たちの思いがかなえられ、去る1月19日に第1回愛楽園ガイド講座が開催されました。
以下はその趣旨と日程表です。初回は44人の参加者がありました。ハンセン病の感染力をどう説明するかが問題になりました。戦争遺跡群については、戦死者の経験を語り継ぐことの難しさが紹介されました。自由参加の茶話会にも20人ほどが残り、入所者の生活空間をどう案内するか、入所者は来訪者をどう見ているかといった問題提起をうけて、本講座の課題や講座後のガイド運営方法などについて率直に意見交換が行われました。6年前に証言集のための聞き取り調査を始めたときの熱気がそこに再びありました。
沖縄愛楽園証言集編集事務局・森川恭剛
愛楽園ガイド講座の趣旨
ハンセン病違憲国賠裁判以後、人権、平和、福祉の学びの場として沖縄愛楽園にたくさんの人が訪れるようになりました。これまで園内案内は入所者自治会が行ってきましたが、平均年齢が78才となりその継続が難しくなってきています。
自治会は愛楽園の歴史を後世に語り継ぐために2002年から市民ボランティアによる聞き取り調査を実施してきました。調査を通じて市民が愛楽園に足を運び、入所者と向き合い、ハンセン病問題に関する理解を深めました。2004年には自治会が多くの予算を費やし、全国で初めて雇用者となり職員を採用し、証言集編集事務局を設置して、聞き取りされた証言の編集作業にあたりました。その成果が『沖縄県ハンセン病証言集 資料編』(2006年)と『同 沖縄愛楽園編』(2007年)の2冊の書物です。
証言集編集事務局は本来の編集作業だけでなく、愛楽園の訪問者の窓口となり、また愛楽園の歴史やハンセン病問題の現在を社会に発信する役割も果たしてきました。しかし、すでに証言集を発刊した今、2008年3月には残務整理を終えて閉鎖されることになっています。
証言集編集事務局の閉鎖後、資料の保管方法をどうするか、事務局の窓口・情報発信機能をどのように引き継ぐかが懸案事項となっています。全国的にはハンセン病療養所の将来をどうするかということが、地域社会を巻き込んで重要課題となっています。宮古島市では昨年11月28日に、療養所入所者が安心して暮らすことができ、また地域に開かれた社会的施設へと療養所が発展するために「ハンセン病問題基本法」の制定を求める同市主催の市民集会が開催されました。今まで以上に市民が愛楽園を訪れ、歴史を学び、地域の財産として愛楽園の将来を考える必要があります。そのためにも市民と愛楽園を結びつなげる場所を園内にあらためて設置することが望まれます。
そこで自治会は、ハンセン病問題ネットワーク沖縄(通称ハネット)と協力して、愛楽園ガイド講座を開催することにしました。証言集などを活用して、愛楽園の歴史を学び、入所者の心を理解し、愛楽園のことを人々に紹介できる、愛楽園のいわばサポーターを募ろうという企画です。
講座の内容は証言集編集事務局の研究員らが中心となり練りました。単なる座学では終わらないように、園内ガイドという実践的目標を掲げました。講師による説明や入所者の実体験を聞いた後、実際に案内の現場に立ち、ガイドの方法やこつを学びます。しかし計3回、延べ9時間の講座で知ることのできる範囲は限られています。
本講座は愛楽園の市民サポーターが集う1つのきっかけという位置づけです。講座期間中に参加者らで意見交換を行い、講座終了後のガイドの実施方法や証言集編集事務局の引き継ぎ方法について方向性を定めていきたいと考えています。
沖縄愛楽園自治会 会長 小底秀雄
ハンセン病問題ネットワーク沖縄 代表 由井晶子
日程表は
こちら