・今回の経緯について
ことの発端は、今年1月6日付の熊本日日新聞朝刊であろう。同紙第三社会面に「図書のテーマ検索/「癩」使用取りやめ/県立図書館など動き広がる」という見出しが掲載された。同内容の記事が同日に西日本新聞、2月上旬に朝日、毎日両紙にて報じられた。また、テレビ報道は1月17日付でTOKYO MX NEWS内(東京メトロポリタンテレビジョン株式会社)にてなされた。
ごく簡単ではあるが、概説する。図書館の蔵書検索システム(以下、OPAC)では、一般的に、書名、著者名、出版社、出版年など、いくつかの条件を組み合わせて検索できる。その一つに、件名というものがある。本件では、蔵書検索の際、システム利用者が件名の項目に「癩」と入力すると、検索システムは件名に「癩」を持つ図書情報(正確には、書誌情報)を検索し、検索結果として表示させる。
・件名(件名標目)とは?
では、件名とはどのようなときに使われるのか。そもそも、件名とは何か。
図書館におけるOPACは、個々の資料を明確に識別できるように、書名、著者名、出版者、出版年などの項目を記した書誌情報と、館内の所在の位置を示す所在情報を提供することにある。
蔵書を探すとき、書名や著者名をきっかけに探すことは少なくないが、書名中に「資料の内容に関係する語」が含まれるとは限らない。ハンセン病に関する書物でも、必ずしも書名や著者名に「ハンセン病」という語を含まないものも多数ある。このような資料が検索対象から漏れないようにし、個々の書誌情報に「資料の内容を表す語」を与える。そして、「資料の内容を表す語」から検索ができるようにした方法が件名法であり、件名法で使われる言葉が件名である。
すなわち、図書館における件名(件名標目)とは、資料の内容を「ことば」で表現したものであると同時に、資料に‘たどり着く’ために検索をするためのキーとなっている。
しかし、資料の内容を表す語がいくつもある場合、どうしたらよいのか。図書一つにとっても、思いつくだけでも、図書、書物、書籍、本、ペーパー、ブックスなど多数の表現がある。いわゆる同義語・類義語の存在である。この問題同様、日本語の概念整理・統一の課題解決を図り、図書館側が「件名を与える際、どのような件名語を与えればよいかを判断する参考」となるものが、件名標目表である。そして、件名標目表に掲載され、件名語としても使える言葉を件名標目という。件名標目表はいくつか存在するが、代表的なものとしては、日本図書館協会が編集する「基本件名標目表(以下、BSH)」である。BSHは1999年刊行の第4版が最新版であり、7847語が件名標目として採用されている。
ちなみに、件名標目の表現形式の方針は、基本的には「多くの人々に常用されている簡明で代表的な名辞を件名標目とし」(『基本件名標目表第4版』 p.5 日本図書館協会 1999年)ている。BSH第4版では、「癩」から「ハンセン病」に件名標目の表記を改められ、「癩」という件名標目は存在しない。
・今回の問題点
今回の件に関して、いくつかの問題点がある。
1点目は癩による検索アプローチの観点から、「件名語としての、どの役割が問題なのか」である。
確かに、図書館が所蔵する書誌情報データに、件名‘表記’である「癩」を放置していたことは誠に遺憾である。この点については修正せねばならないだろう。
ただし、OPAC上で件名表記を 癩⇒ハンセン病 と一括変換してしまうと、以降、資料にたどり着くための検索キーワード(件名‘検索’語)としての「癩」が機能しなくなる。現に、ある県立図書館の蔵書検索システムで、件名の項目に「癩」と入力すると、検索結果は0件と表示される。
カード目録の時代は、「をみよ参照形」という下記のようなカードをカード目録の山に組み込むことで、件名標目の読み替えに対応できた。
ライ(癩)
ハンセンビョウ(ハンセン病) を見よ。
OPAC内で「をみよ参照形」と同様の対策を講じないと、特に書名や著者名にハンセン病を示す言葉を含まない資料が検索できなくなる危険性がある。
本来図書館の役割とはいったい何か。国民の「知る権利」、「学ぶ権利(学習権)」という基本的人権を保障することである。一方で、らい、癩、という言葉ひとつにしても、その中には様々な歴史を含んでいる。にも関わらず、図書館が「現在使われなくなった言葉を検索語として生かす必要はない」と‘今’という見方だけで判断して、癩の件名‘検索’語の機能をなくすことは、「資料を提供する」という図書館の持つ本来の役割が果たせなく可能性がある。仮に、「癩」という言葉しか知らない人が、ハンセン病関連の資料に当たるとき、どうしたらよいのか。その人の「知る権利」はどう保障されるのか。
今回の件は、図書館が癩という言葉そのものに含まれる歴史そのものを否定し、言葉そのものを抹殺することに繋がりかねはしないかとも考える。
2点目は、図書館側の対応についてである。
図書館界では1970年代にピノキオ問題をめぐる一連の流れで、次のような原則を確認している(はずである)。
1)問題が発生した場合には、職制判断によって処理することなく、全職員によって検討する。
2)図書館員が、制約された状況のなかで判断するのではなく、市民の広範な意見を聞く。
3)とりわけ人権侵害にかかわる問題については、偏見と予断にとらわれないよう、問題の当事者の意見を聞く。
(図書館の自由に関する宣言1979年版解説 第2版 p.28 日本図書館協会 2004年)
あくまでこの原則は資料の内容表現についてのものである。しかし、資料にたどり着くための役割を与えられている件名についても、同様の対応を講ずるべきであろう。私が住んでいる地域の図書館では、「市民の広範な意見を聞く」機会は確認されていない。
なぜ、現場の図書館員‘だけ’で判断してしまったのか。ある言葉の使い方に過ぎないかもしれないが、きちんと、みんなの目に見えるところに出して、それを解消できるように話し合っていくことが必要ではないか。今回の図書館のスムーズすぎる対応に、個人的には何か腑に落ちない。
・今後の方向性/図書館のあり方
情報社会が発達すればするほど、ますます言葉に対する感性が問われてくる。
今回の件に関し、図書館現場職員数名に話を聞いてみた。しかし、彼ら彼女らが話してくれた「件名による検索は重視していないから……」「たかが件名でしょ……」と件名(件名標目)を軽視するフレーズに、私は同じ図書館側の人間ながら若干違和感を覚えた。
ハンセン病に関するありのままの社会を映し出した資料を収集し保存しておく。‘ハンセン病’、‘らい’、‘癩’……ハンセン病を表すどのような言葉を検索条件に用いられても、最終的には多数のハンセン病の資料にたどり着けるように整備しておく。OPAC上では、件名=‘癩’という言葉で検索しても、最終的には、件名表記上「ハンセン病」を有する書誌情報データを検索結果として提供する。そして、ハンセン病関係の資料を提供することで、ハンセン病に関する正しい知識の普及に貢献する。
図書館の役割から考えた場合、以上が本来の態度であろう。
最後に。残念ながら、皆さんがお考えのほどに日本の社会では図書館文化が成熟しているわけではない。むしろ後退する一方である。そのような中、極少数派ながら一生懸命頑張っているベテラン司書の存在はお含み置き頂きたい。
以 上