4.実践レポート(4つのレポート報告)
今年度のいのちの授業は、学校全体で取り組み、教職員一人一人がレポートにまとめています。4つのレポートを紹介します。
◇A教諭 いのちの授業〜ハンセン病を通して考える〜
1.はじめに
直方二中に来て、4年目になる。本校ではここ数年、養護教諭が中心となって、生教育部会と呼ばれる部会がある。これは、性教育やエイズの学習など「生きるということ」について深く考えていく学習を校内で中心となって企画、立案していくものである。
最近は、生徒会保健委員会、執行部、支援加配教員とも様々な連携を取って、校内での学習を進めている。昨年度は全学年とも性同一性障害というテーマについて学習していき、講演会では、虎井まさ衛さんを講師に迎え、学習も深まった。
そして、本年度はハンセン病について学習していくという計画が出され、学習がはじまった。
2.教師の研修
正直言って、私自身がハンセン病についての知識は、テレビの宿泊拒否事件の報道のほんの一部分くらいしかなく、果たして生徒に正しいことを伝えることができ、考えさせることができるのかという不安からのスタートであった。周りの教師達からも同じような声が上がっていた。
夏休みの教師の研修前に、生徒会役員の生徒と数名の教師で菊池恵楓園に行くことになった。これは、全国にいくつかあるハンセン病療養所の中でも最も最大のものであるという。そのような知識もその時、はじめて知った。
この時のビデオとテレビ報道のVTRを見て、養護教諭の説明があり、職員の研修は終わった。これからの計画も出され、2学期の学習へとなっていった。依然、自分には分からないことも多く、様々な資料から自分なりに指導計画を考えていった。
3.ハンセン病について学ぶ
生徒に、文化展での保健委員会の発表を見た後に、アンケートをとってみた。その内容は、ハンセン病については、「知らない」「はじめて聞いた」「よくわからない」が大半で宿泊拒否事件のことはもとより、何の知識もない状態であった。ただ二人だけが、ハンセン病について、A子「手や足が変形する病気」B子「苦しい病気で、うつる病気」とマイナスイメージのことを書いていた。
そこで、まず生徒全員が全く分かっていない状態なので、計画通り紙芝居から入っていった。小学校低学年向けとも思える内容の紙芝居であったが、生徒は熱心に参加して、ハンセン病についての基礎的な知識を身につけることができた。
その知識のために厚生労働省から出されたパンフレットも使ってみた。その基礎的な知識とは、以下の3つである。
(1)ハンセン病とはどんな病気であるか。かつては「らい病」と呼ばれて差別の対象となっていたということ。
(2) ハンセン病は、感染したら隔離する必要はなく、療養所で働く職員で感染した人は一人もいないということ。
(3) ハンセン病は、化学療法で治る病気であるということ。
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ちなみに、上の感想を書いた生徒は、前時で感想の中にマイナスイメージを書いていた生徒である。同じく、もう一人のマイナスイメージを書いた生徒の感想は、下のものである。
| 私は、ハンセン病回復者さん達の行動は、決して悪いことだとは思いません。その事よりも、療養所に送られてきた手紙の内容やホームページの掲示板に書かれた文章を聞いて、我が耳を疑いました。こんな事を思っているのが同じ人間だということがショックでした。ハンセン病の人も私たちも同じ人間なのに、なんでわかってあげられないのか、と不思議でそして悲しかったです。(A子)
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他にも、大半の生徒が被差別の側にたった考え方をしていることに気づいた。中には、下にあげたように怒りを持って感想を書いている生徒も多かった。
| 世間から、「なぜ許してあげないのか」とハンセン病回復者が言われたとき、私は許さないのは当たり前だと思った。ホテルには泊めないと言うし、うそはつくし、こんなことはありえないと思った。(B子)
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| 病気は治っているんだから泊まってもいいと思う。謝罪文を受け入れなかったから反論がおきたけど、もし、自分が病気は治っているのに拒否されたらどんな気持ちかわかっていないと思う。反論した文の中に顔がみにくいとか、心もみにくいとかあったけど、そんなことを言う人の心もみにくいと思った。
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| 自分は、ハンセン病のことを学習してわかったので、支配人だったら泊まらせてたと思うけど、ハンセン病回復者を責める世の中の様子を見て、バカじゃないのって思った。
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4.阿部智子さんの生き方にふれて
ハンセン病についての学習も回を重ねてきて、いよいよ阿部さんの講演会が近づいてきた。私自身も初めての学習で話を聞けるのを心待ちにしていた。といってもそれは自分自身にとってであって、阿部さんからすると話したくもないことも多々あると思う。
一般的に差別された人の話を直接聞くことは、一番、他者にとって学習になることだと思う。しかし、今までも部落差別を受けてきた人たち、障害者差別を受けてきた人たち、戦争体験の人たち、様々な差別体験の話を生徒共々聞いてきた。しかし、そのほとんどは、本当は話したくないのが現状である。中には、話をしながら涙する方々もおられた。しかし、二度と自分と同じ苦しい目にあう人たちを出してはいけないという使命感のようなものから話をされるのだと思う。その気持ちだけはわかってほしいと生徒にはいつもこのような講演会の前には同じ事を伝えてきたし、自分自身もそんな気持ちで話を聞いている。
講演会での話は、今まで学習してきた事以上により具体的にされていた。途中で、阿部さん自身が言葉につまる場面もあった。講演会後に学級で感想とお礼の手紙を書かせたが、どのくらいあの話が伝わっただろうかと思いながら感想、手紙を読んでみた。特に、最初にマイナスイメージを持っていたB子は欠席だったが、A子の文章は、以下のようであった。
(A子)こんにちは。今日は1時間以上にわたって、つらかった事や悲しかった事を私達に話してくださって、本当にありがとうございました。
私の友達に手足の不自由なCという子がいます。元気がよくて、明るくて、手足が動かないなんて「うそだろ」という感じの子です。ですが、やはり立つ事も自分でご飯を食べる事も彼女にはできません。そんなある日、Cは「何で私は皆とちがうの?どうして私こんな目にあうの?」と聞いてきました。私は、何も答えることができませんでした。
阿部さんとCは症状は違うけど「二人ともつらい思いをしているのだ・・」と考えさせられました。私のような何不自由ない人から相手の気持ちを考えていくため「人権」を大切にし、そして守っていきたいと思います。また、よく考えることができました。ありがとうございました。 |
5.おわりに
昨年度の性同一性障害の時もそうだったが、今年度のハンセン病についての学習も、なぜもっと身近な内容に取り組まないのかという疑問点もあった。それよりも自分自身にほとんど知識がなく、学習していくことの面倒臭さなどがあったと思う。
しかし、今までの人権学習では、例えば、部落差別、障害者差別、在日外国人差別などには、少なからず生徒自身に親などからマイナスイメージが注入され、自分自身が差別的な考え方を持っている場合がある。それに比べ、性同一性障害やハンセン病などは、教師自身がそうであるように、生徒にも知識が入っていなくて、どんどん新しいことを知っていくことになる。そういう面では、学習が進めやすかったのではないかと思うし、生徒自身も深く考えるようになってきた様子がわかった。
阿部さんの話を聞いた後の感想の中にも「今まで知らなかったのがよく知ることができた。」「これからもハンセン病について学習して行きたい。」「偏見のない人間になりたい。」「自分が何をすればいいのかを考えるきっかけになった。」「自分の親からもらった命を大事にして身の回りの人も大事にしていきたい。」「ぜひ、また来てほしい。」「国に対して怒りがわいた。」などの感想が大半で、学習の前期にあった、「かわいそうと思った。」等の感想は全くなかった。つまり自分たちがこれから何をしたらよいのかを生徒たちは考えることができるようになったと思う。
宮崎駿監督の「もののけ姫」のシーンにも触れて生徒に考えさせたが、生徒たちは、エボシさまは、隔離していたハンセン病患者たちの中に何のためらいもなくアシタカを連れていったが、それは、ハンセン病が感染しないということがわかっていての行動だろうということも発言できていた。
こんな学習の機会が自分自身にも与えられたのだから自分もさらに学習してみたいと思った。
◇B教諭 「いのちの授業を通して」
1.はじめに
前任校のことである。友達によく「死ね」「殺す」などの言葉を言っていた女子生徒がいた。そのAさんがBさんとケンカした。Bさんの落ち込んでいるのを心配してBさんの兄の彼女がAさんに電話で「Bさんと仲良くしてね。」とお願いしてきた。それに対してAさんは「うるせー、バーカ。死ね!」と罵声を浴びせて電話を切った。ところが、その彼女が何日か後に事故でなくなったのだ。亡くなったのはAさんのせいではないが、Aさんは自分が言った言葉が本当のことになってしまったことにひどくショックを受け、泣きじゃくっていた。
身をもって言葉の重みを知ったAさんは、これからは「死ね」などと言わないと固く誓ったのだった。
四月、私は本校に異動した。
クラス替えで、自分の力の誇示のためなのか「きめーちゃ(きもい)」「死ね」「殺す」などの聞くに堪えない人を傷つける言葉が、教室を飛び交う。その度に注意をしているのだが、それでもまた使っている。人を傷つけようという気持ちではないのかもしれない。けれど、他を思いやるとか、その人の立場になってとか、生命や人権を尊重しようという気持ちは私には全く見えない。なぜ、なんだろう。わからない。様々な立場におかれた人の生き方に直接触れたり、考えたりする機会が少ないから、「他の立場になって」ということが難しいようにも感じる。
本校では、昨年度から「いのちの授業」として、「生きる力」「いのちの大切さ」を様々な困難や「障害」を乗り越え、夢や希望を持って生きている人に出会うことで、自分自身を振り返ったり、それについて友達と意見交換をする機会を持っている。授業をしたからといってすぐに変容は望めないが、その積み重ねがきっと心に残ってくれるものだと思っている。
2.私とハンセン病の出会い
私は、恥ずかしいことに二年前の「温泉宿泊拒否」の問題がクローズアップされるまで「ハンセン病」についてほとんど知らなかった。詳しく勉強する機会をもてたのは、昨年度、前任校の「教育講演会」にむけての事前学習の時だった。まさしく「部落問題」と同じで「作られた差別」である部分が大きく占めていた。
そして、本年度、私は、夏休みに保健委員会の生徒達と熊本のハンセン病療養所「菊池恵楓園」に訪問した。訪問するにあたって、身内から「大丈夫なん?」と聞かれた。ハンセン病をらい病といって、患者が隔離されている時代に生きてきた者にとって「怖い病気」という認識でしかない。この間違った認識を間違ったまま後世に伝えてはならない。
これが、私たちの役目のひとつでもあると思っている。
療養所に着いて、阿部さんからハンセン病になってから今までのお話を伺ったり、療養所内を案内して頂いた。療養所に来て50年。口では言い表せない位の辛い、苦しい、そして悲しい思いをされてきたことは言うまでもない。けれど、決して涙を見せられることはなかった。家族から引き離され、子どもも産めず、親が亡くなっても知らされず・・・様々な人権侵害を受け、それでも耐えてきた阿部さん。人前では泣くまいと誓ったそうだ。それほど辛いのに、あらゆる場所で講演をされているのはなぜか。
ハンセン病だけでなく、この世の中にはたくさんの人権侵害や平和問題などがある。
この世にある差別や偏見をなくしていくために阿部さんは、自分の体験や思いを話していくことが、自分の役割、生き方だと考えたのだろう。私は、阿部さんの優しい口調の中に力強さを感じた。そして、子どもたちに正しい認識を持たせ、本来持っている差別や偏見について考えさせるとともに、「力強く生きる」「自分らしく生きる」ということをしっかり伝えていきたいと思った。
3.いのちの授業をして
授業の第一時間目は、「ハンセン病って何?」といった疑問が多く、自分たちにはあまり関係ないよねといった感じが見受けられた。けれど、学習を重ねるにつれ、顔つきが変わってきた。特に、阿部さんの講演は衝撃的だったようで、教室に帰っての感想文も黙って黙々と書く姿が見られ、鉛筆を走らせる音がコツコツと響いていた。やはり、どんないい資料やビデオを使っても本物には勝てない。阿部さんのつらさが心に染みこんできたようだ。
そのとき生徒の書いた感想には
| (前略)私は、阿部さんに感動したことがあります。それは、社会から受けた差別や偏見などの話をたくさんの人たちに伝えられる事です。話すとき、阿部さんはとても苦しくて涙が出るほどだと思います。しかし、辛いことが、とても人に伝えなければならない大切なことなのです。そんな大切な話を聞かせてくれた阿部さんに感謝したいと思います。私たちができることを見つけて役に立てたら良いなあと思います。人のことを考えることができる人になりたいと思います。(後略) |
| (前略)間違った情報を流してしまったことやそれでひどい差別をすることは人として悲しいことです。もし、その時、人権の勉強をしていたら差別は起きなかったと思います。だから、私たちは、病気のことをよく知るとともに、もっと自分以外の人の気持ちを考えないといけないと思いました。(後略) |
| (前略)“今を大切に生きる”を私は頭の中で考えながら毎日を過ごしたいと思いました。他の人のことも考えて、仲間を信じて今という時代を生きたいと思いました。今の私に足りないのは平気で“死”という言葉を言ってしまうので、これから気をつけたいと思います。(後略) |
(A子)こんにちは。今日は1時間以上にわたって、つらかった事や悲しかった事を私達に話してくださって、本当にありがとうございました。
私の友達に手足の不自由なCという子がいます。元気がよくて、明るくて、手足が動かないなんて「うそだろ」という感じの子です。ですが、やはり立つ事も自分でご飯を食べる事も彼女にはできません。そんなある日、Cは「何で私は皆とちがうの?どうして私こんな目にあうの?」と聞いてきました。私は、何も答えることができませんでした。
阿部さんとCは症状は違うけど「二人ともつらい思いをしているのだ・・」と考えさせられました。私のような何不自由ない人から相手の気持ちを考えていくため「人権」を大切にし、そして守っていきたいと思います。また、よく考えることができました。ありがとうございました。 |
(A子)こんにちは。今日は1時間以上にわたって、つらかった事や悲しかった事を私達に話してくださって、本当にありがとうございました。
私の友達に手足の不自由なCという子がいます。元気がよくて、明るくて、手足が動かないなんて「うそだろ」という感じの子です。ですが、やはり立つ事も自分でご飯を食べる事も彼女にはできません。そんなある日、Cは「何で私は皆とちがうの?どうして私こんな目にあうの?」と聞いてきました。私は、何も答えることができませんでした。
阿部さんとCは症状は違うけど「二人ともつらい思いをしているのだ・・」と考えさせられました。私のような何不自由ない人から相手の気持ちを考えていくため「人権」を大切にし、そして守っていきたいと思います。また、よく考えることができました。ありがとうございました。 |
今回の「いのちの授業」を通して、ねらいとしていた「正しい認識を持つ」「差別や偏見について考える」「生きるということ、自他のいのちの大切さを学ぶ」は、ほぼ達成できたと思う。
4.終わりに
二学期も終わろうとしている頃、教室に置いている折り鶴ランの葉が4〜5枚途中からちぎられて鉢の後ろに隠されていた。私は、何とも言えないくらい、悲しかった。誰がしたのか正直に名乗り出てほしかったが、誰も言ってこなかった。それがまた悲しかった。「植物も生きているのです。一生懸命に生きているんです。人も植物も同じひとつの命なんです。(葉を途中から)ちぎったらもう二度と元には戻らないんです。悲しいです。二中にこんなことをする人がいるなんて。・・・」
「いのちの授業」で命の大切さを学習したはずなのに、つながっていない。あの授業は、あのときだけなのか。
幼く、日頃暴れ回り、友達にも暴言を吐いているCさんは、授業の感想で
| (前略)遠いところから直方第二中学校に来てくださり、とても感謝致します。16歳といったら一番楽しいときでもあるのに、菊池恵楓園というところに行くことを自ら決心して入るのは、とても勇気がいると思います。阿部さんも言っていましたが、自分からなりたくてハンセン病になったわけでもないのに、なぜ、差別が起こるのか?ニュースそして手紙という様々からの視線をあびたでしょう。でも、そんな差別は気にしないでもいいと思います。こうやって、直方第二中学校のみんなが応援しています。これから先は、自分に勇気を持って胸を張ってください。本当にありがとうございました。 |
と書いていた。私はそれを読んで、成長してくれたなあと感動したことを覚えている。けれど、今現在はやはり今までのCさんだ.
授業をしたからといってすぐにはかわらない。わかってはいるが、悲しい現実だ。
葉っぱの事件を話すとH先生が、「その時の先生の思いを生徒にしていくことで生徒達はきっと学んでいくと思うよ。」と言ったようなことをおっしゃっていた。
「いのちの授業」も日々の「心の会話」もすぐにはかわらない。けれどその一つ一つのことが、心の雑草を少しずつ枯らし、心を耕し、やがてきれいな花を咲かせる日がくることを信じて・・・。
◇C教諭 「いのちの授業を通して」
○はじめに
私は本校赴任2年目になります。生教育部会が中心となって勧める「いのちの授業」は、当事者をお招きして直接話を伺うという形で授業を組み立てており、とてもすばらしいことだと感じています。
昨年度は性同一性障害に関わって、虎井まさ衛さんから「自分らしく生きる」というテーマでお話をいただきました。その中では「違いを認め合うこと」をしっかりと伝えていただきました。本年度は、ハンセン病回復者である阿部智子さんから「ともに生きる」というテーマでお話をいただきました。子どもたちにとっても、またわたし自身にとっても価値ある出会いであったと感じています。
○授業を通して
授業については、生教育部会より7時間にわたる指導案が提起されました。授業者にとっては全体の流れをつかむことができ、とても丁寧な提起であったと思います。また、夏休みには生徒会執行部・保健委員会で菊池恵楓園を訪れるとりくみも行われましたし、その様子を文化展の際に報告するなど、子どもたちにとっても大変印象深く学習にとりくむことができたのではないかと思います。
11月初旬の授業は、「ハンセン病について知ろう」という内容でした。「ふるさとへ帰れないアリさん」という紙芝居を使っての展開でしたが、ハンセン病の方々が置かれた状況については理解しやすかったのではないかと思います。また、ハンセン病がどのような病気であるのかという学習についても「はい」「いいえ」のクイズ形式にすることによって、子どもたちは興味を持って授業に参加していました。
〔子どもたちの感想〕
Aさん:ハンセン病のことについて、まだ1時間しか勉強していないけれど、ハンセン病を治す薬があることや患者を守る法律があることを知りました。これからもっと勉強して、ハンセン病について理解していこうと思います。
Bさん:ハンセン病患者の人たちは、アリの物語のような生活を強いられてきて、親たちも迷惑がかかるような形だったので、本当に患者さんたちはきつい重荷があったのだと思いました。
Cさん:ハンセン病という病気のことをよく知らなかったので、今日の勉強でよくわかりました。私がその時代に生きていたら、一緒に差別しているだろうなと思いました。これから、もっと勉強していきたいです。
Dさん:勉強したけど、まだまだ間違った知識があると思うし、私も実際ハンセン病の方に出会うと差別をしてしまいそうです。これからは、正しい知識を身につけていきたいです。
Eさん:ハンセン病患者の人が、かわいそうだなあと思った。 |
ハンセン病に関わる最初の授業でしたので、一般的な感想が多く見受けられましたが、CさんやDさんのように差別者側に立つこともあるという意見を大切にしながら、授業を展開していくことが重要であろうと感じました。また、Eさんについては、日頃から生活全般に意欲が感じられず、授業中も私語をしたり机に伏したりすることが多く見受けられる子どもです。この時間の感想も、第三者的であり、短い文ではありますが、紙芝居の折りには顔を上げて話を聞いていましたし、ハンセン病に関するクイズ形式の学習にも積極的に声を出して参加していました。様々な状況にある学級の子どもたちへ思いを伝えていくためには、やはりその手法を工夫することが基本であると感じました。
11月中旬の授業は、「私たちの心の中の差別」というテーマで、ハンセン病回復者に対する宿泊拒否事件について学習しました。この授業は、今回の流れの中ではとても大切な授業だと思いました。「私たちの心の中の差別」というテーマですから、わたしたち一人一人がどう思っているのか、どう考えているのかを交流しながら学習を進めていくわけです。前述した子どもたちの感想の中で言えば、CさんやDさん、Eさんたちの意見を中心としながら進めていく必要があります。これまで学習を進めてきているわけですから、AさんやBさんのような意見がたくさん出てくることは当然だとは思います。しかし、頭の中で考えた答えではなく、自分の心の中にある正直な思いを出し合う場となるわけですから、おとなのわたし自身にとっても厳しい授業であると感じました。宿泊拒否をしたホテル側が悪いということは理解してほしいし、当然そのような流れでありたいとは思います。ただし、そこにたどり着くまでの過程においては、様々な意見がでてくるべきであろうし、出されるべきだと思います。感想文のような形で子どもたちの意見をきちんと集約できていませんので、全体的にどのような意見が多かったかははっきりしませんが、ホテル側(支配人)の気持ちを考えてみようという発問に対しては、「お客さんたちは、まだまだハンセン病のことについて知識がないのだから、宿泊拒否も仕方がない」「ハンセン病に対する知識がない人たちが多いのだからこそ、お客さんにきちんと説明をしていくべきだ」というような意見が出されました。また、ビデオで紹介された当事者以外の人たちの言動(当初はハンセン病回復者に対して同情的な意見を持っていたが、ハンセン病回復者の方々がホテル側の謝罪を拒否したことが報道されるとたちまち非難・中傷を行った)についても、自分たちの学校生活の状況と合わせながら考えさせていきたいと思いました。授業を展開していくわたしたち教職員側からすれば「ホテル側が悪い」「わたしたちはこのような言動を行わないようにしよう」とまとめたくなりますが、本時においては、あくまでも子どもたちの心の揺れを中心として授業を展開し、「自分は同じ会場で食事ができるのか」「自分は同じ風呂に入ることができるのか」というようなことをともに考えていくことも大切なことであるように思いました。このような意見交流の時間を設定することによって、阿部さんとの出会いがより身近なものになるのではないかと感じました。
11月下旬の授業では、阿部さんの講演集をもとに事前学習を行い、12月2日、阿部さんを招いての講演会が行われました。講演会当日は寒さが厳しかったり一部生徒の聴き方に課題が残ったりした部分はありましたが、阿部さん本人から直接話を伺うことができたことはとても良かったと感じています。阿部さんから発せられる一つ一つの言葉が、子どもたちの中にもしっかりと入っていったのではないかと思います。わたし自身が特に印象に残ったことは、講演の最後に阿部さんが子どもたちに託したメッセージでした。「何もできなかったわたしたち大人が、あなた達にお願いするのは失礼だけど、しっかり勉強して差別のない世の中をつくってください(表現はちがうかもしれませんが・・・)」という言葉です。大きく心に響く一言でした。
最後の授業(事後指導)は、「今、私たちにできること、感じたことを話し合う」という内容でした。これまでの授業や阿部さんの講演を踏まえて、これからの生き方について考えようという学習でした。ハンセン病そのものも含め、ハンセン病が社会情勢や歴史の中でどのように位置づけられていたのかなど非常に難しい部分もありましたが、子どもたちは阿部さんの話を思い起こしながらとりくんでいました。
〔子どもたちの感想〕
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[Eさん]
今日はわざわざ遠くから寒いのに二中に来てくれてほんとうにありがとうございました。また直方に来ることがあったら、ぜひ直方第二中学校に寄ってください。今日、印象に残ったことは、なぜ同じ人間なのに、ただハンセン病にかかっただけで監禁や差別をしたりする人がいるのだろうと思いました。今日の阿部智子さんが、直方第二中学校に来て話してくれたことは忘れません。僕も、みんなが早くハンセン病に対しての正しい知識を持って、差別がなくなることを信じています。今日は本当にありがとうございました。
[Fさん]
阿部智子さんへ。今日はわざわざ二中までお忙しい中どうもありがとうございました。今日は、阿部さんのおかげでいろいろと勉強になり、いろいろとわかりました。僕はもうちょっと阿部さんのお話を聞きたかったです。阿部さんが言った「自分の体を大切にしてください」「いじめ・暴力をするような人にはならないでください」「みなさん幸せになってください」という言葉はぜったいわすれません。僕は今日お話を聞いてハンセン病はうつらないと聞いて、なんでハンセン病はうつらないのにみんな差別をしたり宿泊拒否をするのか不自然に思いました。僕は、きくちけいふうえんの人たちはめちゃくちゃつらい思いをしてきたんだなと感じました。またきかいがあったらお会いしたいなと思いました。
[Gさん]
私は阿部さんが話をしてくださったおかげで、昔にあったつらいものや、苦しいものがよくわかりました。私は、道徳の授業などでホテル側がハンセン病にかかっていた人たちの宿泊を断り、その後ホテル側が謝罪をしたのに、「きくちけいふう園」の人たちがそれを受けとらなかった。というのを習いましたが、そのいやがらせの中の一通の手紙に目がとまりました。それは、「税金を使って、楽をしている」というものでした。私はそれを見て、「あー、税金を使わせてもらっているんだったらいいんじゃないかな」と少し思っていました。ですが、今日、話をしてくださった内容はそのようなことを思っていた私の気持ちをくつがえすようなものでした。私はそんなことを少しでも思った自分が恥ずかしくなりました。そして、この世の中の偏見や差別がとても汚く思えて仕方がなかったです。阿部さんは12歳からハンセン病だとわかり、隠れて治療を受けていたと聞き、自分と重ねて想像してみました。とても悲しい気持ちでいっぱいになりました。
[Hさん]
阿部さんの話を聞いて、ハンセン病というのは治るけど、いろんな人から暴力の言葉などを受けても一生懸命に生きてきた阿部さんの話を
聞いて、私は涙を流しました。もし、自分がハンセン病にかかっていろんな人から暴力の言葉を聞いたら、「生きていけない」と思います。そんな中を阿部さんは生きてきて、私は阿部さんを尊敬しました。私は昔、クラスの人から暴力をされていました。『もう学校に行きたくない。もう死にたい!』と思っていました。けど、今日、阿部さんはたくさんの人に差別をされた一番苦しい思いをしていたんだな、学活などで学習していたけど実際聞いてみると私なんかより苦しい思いをしている人がいて、私は涙が出てしまいました。私は、これから、人に暴力の言葉を言わない、人を思いやり、自分の体を大切に、阿部さんのように人を思いやる人になりたいと思いました。 |
最初の授業の感想でも紹介したEさんは、まとめの感想ではしっかりとした感想を書いています。具体的にどの程度まで受け止め、どの程度まで自分の生活と重ね合わせての感想であるかははっきりしませんし、自分が何を行っていこうとするのかという部分は書かれていませんが、『かわいそうだと思った』という最初の感想とは大きく変化しています。やはり阿部さんと出会い、阿部さんの話を直接聞いたということがこのような変化をもたらしたものであると考えます。Fさんについても、同様だと思っています。FさんもEさんと同じように学習意欲をなかなか感じることができません。学習準備や提出物などについても厳しいものがあります。そんなFさんがこれだけの感想文を書いたということも、阿部さんとの出会いによるものであろうと考えています。ただし、このようなことが子どもたち一人一人の学校生活につながっているかという部分については、当然課題が残っています。そのような点からも、Hさんのような感想を授業の場において大切にしていく必要があります。同じ立場だったら『生きてはいけない』というマイナス思考の思いを述べてはいますが、学校生活に結びついたそれぞれの思いをいかに拾い上げていくか、意見交流の柱としていくかが非常に重要だと思います。そしてその前段としては、日常的に子どもたち一人一人が意見を述べることができる環境作りが当然大切であると考えています。
○おわりに
昨年度の『性同一性障害』や本年度の『ハンセン病』など学習する題材は違いますが、『人権・同和教育』委員会から提起される様々な人権教育についても、わたしは、『根っこは全て同じだ』と考えています。部落差別にしても『障害』者差別にしても、当事者に対して直接的に差別的な言動をとるということはほとんどなくなっているように思います。しかし、それらと同じ差別的構造はわたしたちの身近な生活の中に存在しています。「みんな平等である」ことは当然ですが、だからといって『みんなが平等に同じことをしなければならない』ということについては疑問を感じます。『本当はどうなんだろう』『私たちが本当にやらなければならないことは何なのだろう』ということを子どもたちとともに考えながら、これからも『違いを認め合い、ともに生きる』社会(学校生活)の実現を目指していきたいと思っています。
◇ D教諭 『いのちの授業』で学んだこと
1.はじめに
今年は、3年生の担任をしています。この学年の生徒たちは入学したときからのつきあいで、今年で3年目です。しかも、2年生から3年生への進級ではクラス替えがないので、このクラスの35人とはそろそろ本音で語り合えるような間柄になってきた頃です。昼食時には、両親が離婚したので今は離れて暮らしている父親と一緒に過ごした休日の出来事を語ってくれる生徒や同じく今年、両親が離婚して新しい生活が始まった生徒の愚痴など、食事を終えた友人と共に私を囲んで語り合っています。
2.生教育部会
4年前に本校に赴任して最初からこの部会に参加しています。はじめの頃は「性」教育部会でした。そのころは「性教育=性行為」のようなニュアンスが強く、生徒たちにどのように伝えたらよいのか悩みながら特設の授業を仕組んでいました。養護教諭をはじめ、部会の先生方とは生徒たちの発達段階にあわせながら、資料を用意したり、指導案を考えたりしました。そういう流れの中で私は保護者会の日程に合わせて、自分のクラスで性教育の授業をおこなったこともありました。保護者の方には好評で、家庭ではなかなか話ができないことを学校でちゃんと知識として教えてくれるとありがたいという意見もいただきました。そういう年を重ねる毎に性教育は『生きる』教育だという意見がでてきて、今年度からは『生教育』としてスタートしたのでした。
3.ハンセン病
今年はハンセン病を学習することになりました。はっきり言って私自身、この病気のことをよく知りません。生徒たちと一緒に学習するつもりで取り組みました。生教育部会として、たくさんの資料を提供し、自分でもインターネットを使って調べ学習をしました。しかし、菊池恵楓園の入所者たちが温泉旅館に泊まれなかったことはテレビのニュースでは知っていましたし、そのときに放送されたホテル側のいい訳が『菊池恵楓園がハンセン病患者の入所施設だとわかっていたら最初から宿泊は断っていた』というようなことをいっていたのにはびっくりして、次の日のホームルームで話をしたことを覚えています。
この学習ではハンセン病を教えるのではなく、ハンセン病を通して私たちが持っている差別や偏見について考えることができるよう心がけました。特設授業を重ねるうちに生徒たちもハンセン病については最初の私と同じくらいのレベルの知識しかないことがわかりました。
4.特設〜ハンセン病について学ぶ〜授業 感想から
・もし、僕がハンセン病がはやっていた時代にいたら多分差別をしていたと思います。だから、この授業を活かして、ハンセン病のことを知らない人に教えていきたいと思います。
・ハンセン病は周囲の人に感染しにくいということをいろいろな人に知ってもらえば、差別や偏見はなくなるのでいろいろな人に知ってもらいたいです。
・『人にうつる』という「うその情報」なのに周囲の人から差別されたり、隔離されたりなどとてもひどいことをされた病気だとわかった。
・ハンセン病について学び、知らずに人を傷つける方がいけないと思いました。ちゃんと勉強できて良かったです。
・隔離しなくてよいのに隔離されたハンセン病患者はかわいそうだと思いました。
ここで私が気になったのは、かわいそうという感覚です。このことについては、後の学習で話し合おうと思いました。
5.特設〜ホテル宿泊拒否事件を通して考える〜授業 感想から
・感染しないのにホテルが拒否するのはおかしいと思う。でも、自分がホテルの人だったら拒否するかもしれない。
・第三者っていうか、掲示板とかで意見を言っている人の意見が一番わかるような気がした。どっちの味方でもないというか、かわいそうだけど自分がホテル側だったらっていうか。
・ホテル側もハンセン病(が治癒した)の人を断っただけで、あそこまでいくとは思ってはいなかったと思った。その後のハンセン病患者へのあの手紙はとてもひどいなと思った。早く、ハンセン病についての誤解が解けたらいいなと思いました。
この授業は内容がちょっととらえにくかったかなと感じました。しかし、生徒たちの中には何事も正しく理解することが大切だということは伝わったようです。率直な意見を一つ。
・今のままじゃ、あまりわからないからこれからも勉強していきたい。
6.阿部さんの講演を聞いて 感想から
| 初めは、全く病気についての知識がなくて日本の国がしてきたことについてあまりピンときませんでした。しかし、今日の講演会を聴いて、日本の国がしてきたこと、私たちが間違った知識を持っていたことで何も悪くないハンセン病にかかった患者さんを傷つけてしまっていたことを改めて知り、自分たちがしてきたことについてとても悲しく思いました。このほかにも、何も悪くないのに差別を受けている人がいてはいけないし、この先もあってはならないと思います。だから、今日この講演を聴いて私たちが少しでも多くの人にこのことを話して正しい知識を得て、二度とこのような思いをする人がいない社会にこの先なっていくようにしたいと思いました。 |
7.最後に
義務教育の9年間を終えようとしている生徒達はこの先、人権についてじっくり考える機会がないかもしれません。そのことを意識しながら最後の事後指導の時間でした。中学校では三年間で「障害」者差別や部落差別などいろいろな差別について学習してきました。共通するのは正しく知ることと思いやりです。正しく知るということの大切さはこの「いのちの授業」を通しての感想からもわかるように理解してくれたように思います。しかし、私が気になるのは思いやりの部分です。共に生活していくことで相手を理解し、偏見なくつきあえる関係になってほしいのですが、「かわいそう」という言葉が気になります。そこで、この事後指導では最初の導入から生徒たちには「かわいそう」という言葉と「頑張って」という言葉について考えてもらいました。
問1.あなたが「かわいそう」といわれました。どんな気持ちになりますか。
問2.あなたが「頑張って」といわれました。どんな気持ちになりますか。
問1問2と共に(1)うれしいとき (2)うれしくないとき を考えさせ、それぞれに意見を発表してもらいました。
問1.
(1)怪我をしたときに心配してくれた
(2)同情されたとき、お金を落としたとき、失敗したとき
問2.
(1)落ち込んでいるとき励ましてくれた
(2)頑張っているとき、良い点を取ったのにいわれたとき
どちらの問いも(1)うれしいとき の意見より、(2)うれしくないとき の意見の方が具体的に出てきました。つまり、相手のことを思いやって発した言葉でもその時の状況次第ではかえって相手にいやな思いをさせることがあるのだということを確認することができました。このことは、これからの生活に是非役立ててほしいと伝えました。相手に対する思いやりとは自分の立場を上にしたような同情ではなく、相手と同じ立場に立って相手の気持ちを共に考えることができるということです。
こうして、私の「いのちの授業」いや私自身が学んだ「いのちの授業」の事後指導の時間は終了しました。しかし、この問いかけはいつの時間も必要ですし、言い続けていかなければならないことだと思います。
以上、4つのレポートを紹介しました。それぞれの教師が思いを込めて、実践しました。一生懸命伝えたいという気持ちに、生徒たちもしっかり応えてくれたと感じています。「いのちの授業」での学習が、なかなか普段の学校生活に活かされないという課題はありますが、あきらめずに、これからも思いを伝えていけば、数年後あるいはもっと先になって、生徒自身の生き方に結びついていくのではないかと希望を抱いています。
5. 終わりに
私たちは、人との出会いを通して、成長していけるのではないかと思います。その出会った人を通して、考え方に影響を受けたり、視野が広がったりということです。多感な中学生に、そのような素敵な出会いを仕組むことも、私達教職員の役割なのかなと思います。
今回、阿部さんとの出会いから、ハンセン病を通して、命の尊さ・生き方を学びました。2月には、阿部さんから、ハンセン病市民学会シンポジウムに声をかけてくださり、とてもうれしくて、熊本まで車を走らせました。阿部さんに会いたいというのが一番の目的でしたが、シンポジウムでの先生方のお話も、大変勉強になりました。
今後も、生徒達が自分の夢の実現に向けて健やかに育ち、また、あらゆる差別の根を絶つ行動ができる人になれるよう、共に頑張っていきたいと思います。
本校の実践を支えてくださった阿部智子さん、山田泉先生、溝部京子先生に感謝致します。ありがとうございました。
追記(3/24)――山田泉先生、溝部京子先生との出会いについて
私が、山田先生を知ったのは、4年前の平成14年、新聞の記事からでした。山田先生が行っている「いのちの授業」の取り組みが数回にわたって特集でのっていたのです。その実践に感銘をうけ、本校での職員研修に講師として来ていただきたいと思いました。大分の田染中学校まで、教頭と会いに行き、突然の無理なお願いをしました。しかし、山田先生は快く引き受けてくださり、本校へ来て話していただきました。その後、山田先生がハンセン病の人権学習にについて報告をする研修会に行きました。山田先生の隣に、阿部さんとの出会いやハンセン病学習への思いを熱く語る溝部先生が座っていました。その時まで私は、差別の現実が重すぎるハンセン病学習をどう仕組んでいけばいいか、答えが見つからずにいましたが、お二人の実践に感動し、たくさんのヒントをいただくことができたのです。
平成17年、本校の「いのちの授業」はハンセン病でいこうと、全職員で確認し、スタートしました。溝部先生から沢山の助言をいただき、支えてもらったことは、感謝の気持ちで一杯です。ハンセン病学習を通して出会った縁をずっと大切にしていきたいと思っています。